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2009年9月

アベルのように (ある方に宛てた手紙)

  拝啓 秋の気配も日増しに強くなってまいりましたこの頃、お元気でご活躍のことと存じます。

さて、私事でございますが、今年念願の百姓生活が出来るようになりました。

もっと早くにお伝えしたくは思いましたが、実りの秋を選びまして報告させていただきました。

思えば、「ひまわり」では大変お世話になりました。また、その場を離れたときには要らぬ心配をお掛けして大変申し訳ないことを致しました。しかし、そんな私を励ましてくれた数々のお言葉は力強い支えでありました。

今でもありがたく感じております。

 

今春より、4町歩ほどの水田と1反ほどの畑を授けていただくことが出来ました。それでまた、お米や野菜の栽培にいそしむ事が出来るようになりました。

お送りさせていただいたお米は、その水田で無肥料栽培で穫れたものです。

ご笑味下さい。

以前、聖書講義において先生に「カインとアベル」のお話を拝聴したことがありました。

あのお話は自然農法に携わる者にとっては衝撃の内容でありました。自然農法は手間隙がかかるのでカインの気持ちがオーバーラップしたからです。

それで、そのお話を聞いてからずっと自然農法はどうあるべきか、自分なりに考えました。その答えというものが頂けたのが「ひまわり」を離れたときでありました。

「炭素循環農法」との出会いで、自分は無肥料栽培に切り替えました。造物主がお造りになられた大自然の法則を生かす農法。それが炭素循環農法だと感じたからでありました。

炭素循環農法では土の威力は微生物の力、その力を生かすことが人間の行う作業であります。そして、諸悪の根源は肥料であり、人間の努力であるといいます。それは、自然界の法則に逆らうことになり反自然行為になるからです。

この内容にふれて、私は「カインとアベル」の物語を理解することが出来ました。

アベルの気持ちになって、私は作物のことは微生物に全て任せて、微生物の管理を行いました。微生物の飼育係りです。

炭素循環農法では水田は地力と水力を生かします。土の中の微生物、水の中の微生物を活性化させてお米の場合は生育されます。

それに使われる資材は稲わらと稲株で、それが微生物の餌となります。そして環境を整えるのが水です。

自然農法の創始者である岡田茂吉は人口増加に対して責任がとれる農業こそ自然農法であると言われました。その理由は造物主の許しによって人口が増えるのだから、増えれば増えた分だけ食糧生産は可能となるそうです。

私は炭素循環農法を主宰される方から、反収15俵を目標にしなさいと言われました。

そして出来る限り手を抜けとも言われました。それでアベルのように、なれるのではと感じました。

以上、拙い内容では御座いますが、自分の思いをお伝えさせていただきました。

誠にありがとう御座いました。

最後に、これからも先生のご活躍は多くの方々に勇氣と智恵を与えてくれます。

ますます元氣な先生となられることと確信しております。

今後ともご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げます。

                                       敬具

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無肥料栽培収量報告

昨日、やっと自主流通のお米を刈り入れることが出来ました。

予定した日が雨だったので、一日遅れとなりました。

それで、その日は6反の稲刈りをして、松沢さん宅へ運びました。
 松沢さんの家までは車で少し飛ばして20分くらい、ですから軽トラで一々運んでいては大変なので、アルバイトでお世話になった鍛冶屋の親方にも無理を言って、2tのワイドトラックもお借りしたのです。

 これなら一度にフレコン3袋積んで走れるので効率が上がります。
 
 本当に色んな方に助けていただいて今回の稲刈りは始まりました。
 感謝の気持ちで一杯です。

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フレコンをホイストでつり上げて、ホッパーに生のお米を入れます。
 そこから乾燥機にお米は一気に送られます。

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私はこの作業は全く初めてで、一連の作業をさせていただきました。
 そして松沢さんに籾の色艶を見ていただきました。

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そして、「うん、きれいな色をしている。」と言っていただいたときは飛び上がるほど嬉しかったです。

 乾燥はひと晩で終わるので、その翌日、乾燥させたお米を籾摺りして選別し、袋詰めを行います。
 肝心の収量がどれくらいあるのか?それがとても気にはなりますが、それよりも嬉しさの方がなぜかこみ上げてきたのでした。

 生のお米は3反分がフレコンで3袋、目方は大体1.5t弱ではないかと思います。

 水分は20%くらいで、15%に乾燥させればその分目方は減ります。また、くずのお米やモミガラも出ますので、はっきりした収量は今の時点では分かりませんが、籾摺りすればはっきりします。

 でも、結果がどうあれ今更どうすることも出来ません。全ては来年の課題になります。

 それよりも外にこぼれたお米の籾を取って黒い紙の上に置いたら透けていました。透けたお米は良いお米といわれるので、それも嬉しくなってしまったのです。

 それにしてもお米作りに関しては、自分は苗を植えただけと、若干の草を取っただけ、そして刈り取っただけです。
 後は何もしていません。
 たったそれだけなのに実ってくれたこと、本当に感謝感激でありました。

 何はともあれ袋詰め作業が終ったら、残り3反のキヌヒカリを刈り取ります。それでキヌヒカリは終了で、後は10月初旬に刈り取る予定です。

 

 それで本日は、お米の籾摺りと袋詰めを行いました。

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この作業も初めて経験したのですが、流れ作業になるために一人ではやりにくい作業のように見えました。

 それで松沢さんご夫妻の応援をいただいたのですが、作業を分担していても、追われながらの作業でした。

 そして収量は6反で39俵、反当り6俵半の換算になります。
 またくずのお米は約40キロありましたが、松沢さんはくずが少ないと言っていました。
 ただ、熟し過ぎから玄米の艶が少ないようでありました。

 思えば、今回の無肥料栽培、炭素循環農法の実践に当たって、私は肝心の稲ワラを冬場に燃やしてしまったのです。
 ですから今回の圃場の収穫は稲株と極力行った深水管理でありました。

 身近な方に無肥料で栽培する事を伝えてはいるものの、もし収量が極端に少なかったら、ただでさえ頭がおかしく思われているのに、やっぱりこいつは本当に頭が狂っていたと見向きもされなくなるからでした。
 それは正直のところ不安でした。

 お米を亡き義父の家に運んでいると、早速ご近所の農家の方がやって来ました。
 「どれくらいあったんや?」
 開口一番、その方も興味を持って見ていてくれたのか、そのような言葉をいただいたのです。

 「6俵半ありました。くず米は40キロでした。」

 その方は元肥、穂肥えを使って7俵とれたと言ってました。
 

 今回の結果から、来年のお米作りにさらなる意欲が湧きました。
 ただ、転作で麦を作るところはいつまで経っても転換中の圃場となるので、大きな期待は出来ませんが、実は三枚の圃場(5.5反)では麦作りに向いてないということで、それが免除されていることを知ったのです。
 これは本当にラッキーでした。
 その圃場こそ、お気に入りの圃場なので、来年は林さんの言われたやり方で出来る限り行こうと思っています。

 さぁ明日は最後のキヌヒカリを刈り取ります。
 
 この時期は慌しい毎日ではありますが、稲作ではいちばん充実するのが収穫時です。
 嬉しい悲鳴は本当にありがたいことですね。

 

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・・・祈りはいらない、実践あるのみ。

祈願致します・・・、健闘をお祈り申し上げます、などという言葉を私たちはよく使います。
 でも小生はこの”祈り”というものは建前のような気がして好きではありません。
 
 その祈りについて炭素循環農法の林さんは以下のように述べられました。
 「 【神仏にどんなに祈っても願ってもダメなのである】

   それは過去の歴史が証明している。
   未だに人々は、奪い合い殺し合っているではないか。  」

 http://picasaweb.google.com/nikyuni/BsoBuH#5360279666971185250

 そしてこのように結んでおられます。

 「 【つまり、逆に神の願いを人が叶えてやればよい】

   「生きもの」は神(自然)による「命」の表現。
    神の願いは生きものが「より活きよく生き、進化する」ことにある。
    これは、宇宙の進化の方向をみれば疑う余地のない事実(真実)である。   」

 http://picasaweb.google.com/nikyuni/BsoBuH#5360279687857972290

 


 先日、朝のテレビでマイケルジャクソンが24年前に作った「We are the world」が紹介されておりました。
 何度聞いてもあの歌はとてもいい歌で、全ての人々を感動させる素晴らしいものだと思うのです。
 あの時私は20代の頃で、世の中のことなど全く気にする事もなく生きているに過ぎない一人でした。
 そのときたまたまジェーンフォンダが紹介した番組を観て、この歌の存在を知ることが出来たのです。
 
 この歌はアフリカの悲劇を見逃すことは出来ないという思いにかられたアーティストたちが、使命感に燃えて作られたものです。
 そしてアフリカを救いたい。世界の人々にその思いを伝えたい。
 そのような素晴らしい企画で製作された愛の歌であったのでしょう。

 以下は、その過程をジェーンフォンダが紹介した動画です。

 http://www.youtube.com/watch?v=YYKzS08k1cE&feature=related
 http://www.youtube.com/watch?v=XrQt6Y-PVpI&feature=related
 http://www.youtube.com/watch?v=OdZfFIiQtDc&feature=related
 http://www.youtube.com/watch?v=FIggbLRIj_M&feature=related
 http://www.youtube.com/watch?v=slx1RQZo2gg&feature=related

 最後にジェーンフォンダは、この歌を通じて世界の人々の意識が大きく変わり、この収益がアフリカの飢えに苦しむ子供たちを救うことに役立ってくれると話しています。
 また、それらの収益は彼らが自給自足を目指す目的にも使われ、やがては飢饉からも解放される時がくる。そして、アフリカに平和が訪れると夢見て伝えていたのでした。
 それは切なる祈りでもあったのでしょう。

 アフリカの悲劇を見逃すことは人間として出来ない・・・。
 それは誰も皆同じであります。


 しかし、そのような人々の祈りは天には届かないのです。

 
 日本でも多くの人々を感動させる映画やイベントはたくさんあります。
 また、そのような団体もありますが、残念なことにその祈りは通じない。
 悲しいことではありますが、それが真実であるのです。
 ですから今も多くの苦しみや悲しみが世界に溢れ、何も進展はしていないのが現状です。


 しかし、炭素循環農法を主宰する林さんは実はその願いこそ”神の祈り”で、宇宙の進化の方向に進むことこそ、その手段であると述べられたのです。

 そして、それは多くの人々に伝える必要はありません。
 ただ、己(個)が良くなることを思いながら、実践するだけで良かったのです。

 林さんの最後の言葉になります。

 「 【約束は必ず果たさなければならない】

   人は生物界の進化の頂点に立っている。
   少々の出来の悪さはおくとして、ともかく神の最終作品(目標)である。
   ただ、己(個)が良くなるだけでよいのである。他人のことは放っておけ。
   「個にして全、全にして個」「αでありω」「始めの者であり、終わりの者である」   」


 私は炭素循環農法は世界中で実践できる農法であると思います。
 最初の者がそれを伝え、聞いた者が実践する。
 ただ、それの繰り返し。
 それで世界の食糧事情は簡単に満たされてしまうのです。

 今回の林さんのHPの更新で、土の転換の目安が非常にわかりやすくなったと思います。

 実践あるのみ。

 祈る必要は全くいらない。それが天の願いなのだと、そんな気持ちになれたのです。

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待望の稲刈り

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昨日、やっと当地にまとまった雨が降りました。
 本当に感謝感激! 大根とナバナの芽が出ていました。
 でも、8月に播種したものは蒔き直さなければ駄目なようです。
 さて、畑の話はこれくらいにして、今日から稲刈りが始まります。
 まずは農協へ出荷するキヌヒカリ(1町6反分)からです。


 思えば昨年、倒伏したコシヒカリを刈り取るのに大変な思いを致しました。
 田んぼもじゅるじゅるで稲は株元から泥が付いたまま抜けてしまい、そのままコンバインに絡まって立ち往生したことがありました。
 しかも何度も何度もこのようなアクシデントに見舞われて時間ばかりが費やされ、予定は大幅に狂ってしまうし、おまけにコンバインのベルトも切ってしまって、現場修理に余計な時間も費やされたのです。
 そんな苦い体験を思い出してしまったので、少し心配になりました。
 田植えの時もそうでしたが、田植え機にしろコンバインにしろ一年ぶりに使う機械は最初の注意が肝心ですね。

 当地は朝から快晴でしたが、昨日の雨で稲が少し濡れていたので、乾くのを待って9時半くらいから始めました。
 そしたらやはり最初刈り始めたときに稲がドラムに送るチェーンのプーリー部に絡んでしまったのです。
 でも今年のアクシデントはたったそれだけで、簡単に復帰し、後は順調に9反分の稲を刈り取ることが出来たのです。^^(よかったです)
 また、カミさんの応援もあったので比較的スムースに作業が運んで助かりました。
 でも明日は一人の作業となります。一人は少し面倒な部分もあるのですが、まぁ出来ないこともありません。

 農協出荷のキヌヒカリは残り7反、出来れば15日には保有米を刈り取りたいので、なんとか目処をつけたいのです。
 でもあまりあせらないように心掛けて、ぼちぼち作業を致します。

 当地は明日も秋晴れです。顔晴ります!

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安心立命

まずはじめに突拍子もないことをお伝えします。

 それは人工地震がこの日本で再度起されるという情報です。

 詳しくは以下をご覧下さい。
 
 http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-424.html

 小生もこのような情報にはたいへん興味をもっています。
 それで以前は情報を知るたび、紹介していた一人でもありました。

 でも岡田茂吉氏の論文を拝見するたび、その考えが次第に変化してきたのです。
 また、聖書を見てもそうであります。

 そして結論を先に申しますと、天に通じているのであれば何処にいても心配ない。そのような答えに繋がったのです。
  

 マタイの24章によれば、世の終わりのはじめには地震やききんが方々で起きると告げられています。
 そしてイエスはエルサレムの神殿に偽救世主が立ったとき、そのときユダヤにいる人は山へ逃げろと告げました。ユダヤとは今のイスラエルのことであると思われます。

 そしてイエスはこうも言いました。これは世界に向けて告げられたものだと思われます。

 『もし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者のために、その日数は少なくされます。』

 選ばれた者のために・・・。

 またヨハネの黙示録、ここではイエスは以下のように告げています。
 黙示録はイエスがヨハネに見せた夢が記録されたものであります。

 『ヨハネの黙示録 7章

 1 この後、私は見た。四人の御使いが地の四隅に立って、地の四方の風を堅く押さえ、地にも海にもどんな木にも、吹きつけないようにしていた。

 2 また私は見た。もうひとりの御使いが、生ける神の印を持って、日の出るほうから上って来た。彼は、地をも海をもそこなう権威を与えられた四人の御使いたちに、大声で叫んで言った。

 3 「私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。」

 4 それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。

 5 ユダの部族で印を押された者が一万二千人、ルベンの部族で一万二千人、ガドの部族で一万二千人、

 6 アセルの部族で一万二千人、ナフタリの部族で一万二千人、マナセの部族で一万二千人、

 7 シメオンの部族で一万二千人、レビの部族で一万二千人、イッサカルの部族で一万二千人、

 8 ゼブルンの部族で一万二千人、ヨセフの部族で一万二千人、ベニヤミンの部族で一万二千人、印を押された者がいた。』

 ・・・これはどのような意味となるのか、実はこれが日本から登場する選ばれた者たちであるのです。

 7章の2の部分 『生ける神の印を持って、日の出るほうから上って来た。』

 そして3の部分 『私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。』

 そして4の部分 『それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。』


 現在のイスラエルには十二部族のユダヤ人は存在しません。
 ところが黙示録7章を見るとイスラエルの子孫のあらゆる部族が印を押されると書かれています。
 はたしてそんな国はどこにあるのか?

 ・・・それが日本であるのです。
 7章の2に日の出るほうから上って来た。と書かれていますが、これが日本を表しています。
 そして12部族の古代ユダヤ人が日本人として存在する。
 それを紹介すると非常に長くなりますので、以前の日記をご覧下さい。
 http://plaza.rakuten.co.jp/tsuitemasu/diary/200703120000/

 そして7章の3を見ると彼らがいるから日本は守られる。それが『地にも海にも木にも害を与えてはいけない。』になると思われます。
 はっきり”地にも”と書かれています。

 そして彼らに印が押される。

 さらに興味深いことは7章の5から始まる12部族の紹介です。
 実はこの部族の中で含まれていない部族がいます。
 それはダン族。
 何故かというと彼らは黒いユダヤ人と言われたユダヤ人であったからです。
 ですから日本に黒人の人はいない。

 すると13部族になるではないかと言われますが、ヨセフの部族が二つ分かれていてヨセフの部族はマナセ族とエフライム族。
 ここにはマナセとヨセフ(エフライム)と書かれていて、一つが二つになったためダン族が含まれていないのです。
 

 次に岡田茂吉氏にうつります。
 岡田氏はエホバの大神からその使命を直接賜ったそうです。
 まさしくエホバとは造物主、モーセが神と契約した創造主であるのです。

 それで岡田氏は昭和25年と27年に「安心立命」という論文を発表されているのですが、どうしても救世教の方たちに向けた論文に思われてしまうようです。
 
 しかし宗教と言う概念を持たずに見ると、黙示録に繋がるような、そんな捉え方が出来るのではないでしょうか。

 興味がある方は以下のサイトで検索されて見てください。
 (直接その論文にリンクするやり方を知らないので、このような形をとらせていただきます。)

 http://www.rattail.org/
 (タイトルは何れも”安心立命”なので、50音順で検索されると簡単です。)

 実はある方から、トップに貼り付けた某サイトの記事を質問されて今回の日記を書きました。
 小生はそのように思っております。

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国益VSグローバルの果てに

「 戦後日本における幾多の社会的変化がありました。
  そのなかで世界的友愛結社であるフリーメーソの門戸が開かれたことは、最も大きな出来事の一つとしてあげねばなりません。

 而して私は世界幾多の指導者や元首が対等の資格で会員であるこの友愛結社の一員として、日本がグランドロッジの年会に出席して友愛精神をたたえ、ご挨拶を申し上げる機会を与えられたことは、まことに光栄に存じます。

 フリーメーソンが民主主義精神の根本を教え、アメリカの独立をはじめとして自由と平和のために闘ってきた数多くの先覚者は、みなその会員でありました。この友愛精神が新しく日本をもつなぐ大きな力となったことを考えましても、この精神をたたえないわけにはゆきません。
 マッカーサー元帥は私ども日本人にこの友愛結社の門戸を開き、また占領軍中の多くのメーソンは実際に兄弟愛の何物であるかを実践してくれました。

 私が病気中、何人よりも先にお見舞いをいただいたのはメーソンでありました。また会員のみなさまから再三にわたって激励していただきました。兄弟愛、すなわち友愛精神を身をもって私に示してくれましたことは、私にとって大きな感激でありました。
 さらにメーソンは、盲目の人に光明を与え、歩行不能であった子供たちに歩行の自由を与えました。この美しい慈善と兄弟愛の精神が、私を感動せしめたことは当然であり、私は会員としての誇りを感ずるものであります。
 (中略)
 アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントンは日本の子供で知らないものはありませんが、彼が偉大なるメーソンであったことを知るものは少ないのであります。ベンジャミン・フランクリンもメーソンでありました。
 占領初期から今日にいたるまでのマッカーサー、リッジウエイ、クラーグ、ハル、レムニッツァならびにアリソン大使は、いずれもメーソンであります。 」

 ・・・日本の歴史感、そして日本人としての心。
 冒頭の言葉は、そんな日本人としてのごく当たり前の感性をまるで忘れてしまったか、それとも敢えて捨てたのか・・・。
 そのように思える言葉であります。
 
 これは1956年6月5日に日本フリーメーソン本部において鳩山一郎元首相が、壇上で発した挨拶文でありました。

 そして、あれから53年という長い歳月が刻まれて、同じく友愛を旗印にした政党が、政権交代を果たしました。

 これから日本で、そして世界で一体どのような変化が起きようとするのか?
 しかしおそらくこのようなことを考える人はいないだろうとも思います。

 『彼らに事情をさとらせないために、われわれはさらにマスレジャーを盛んにする。やがてわれらの新聞で芸能・スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われわれと政治闘争をしなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。
 こうして人間は次第に独立してみずから思索する能力を失い、すべてわれらの考えるとおりにしか考えられないようになる。
 そのとき表面的にはわれらと関わりないようなものによって、彼らに新しい思想を提供する。』

 芸能・スポーツ・クイズ・・・・。
 これらの娯楽を大衆に見せ続けることによって、大衆は政治とはどのようなものであるのか、それが正確に判断できないものに変わっていくという戦略。
 この戦略は今から100年以上も前に、始められたものでありました。
 そして今日において芸能、スポーツ、クイズは国民の欲するものになり、多くの人は芸能人のスキャンダルに翻弄されたり、スポーツに夢中になったり、それが彼らの戦略であったとは誰も理解は出来ないようにされてしまっているのです。

 真の政治において重要なものは外交と軍事。しかし、今の日本でそれにふれる政治家は政治家失格の烙印を押されるようです。

 国民の生活が第一。しかし、これは詭弁にしか過ぎないのです。
 それほどまでに人々はこれらものを与えられ、洗脳されてしまったのかも知れません。

 話は変わりますが、よく民主党代表の鳩山氏は”アジアの共同体”という言葉を口にします。
 これには一体どのような意味が秘められているのか、なかなかイメージが浮かんでこなかったのです。 
 しかし、その実体がおぼろげながら見えてきました。
 実は、それと来月に行われるアイルランドでの国民投票には、密接な繋がりが秘められていたことが見えたのです。

 10月上旬に行われるこの国民投票は、昨年6月にEU新基本条約の批准を否決したアイルランドにおいて、再度その条約の発効に道筋をつけるために行われる投票であるのですが、そもそもEU新基本条約とは何なのかということに、日本の方はあまり興味がないようなのです。

 この条約はEU加盟27ヵ国が共同体となり、それまで各国に存在していた憲法等の枠を超えて、EU全体での一つの憲法、そしてEUを代表する一人の大統領や一人の外務大臣、そのようなEU全体が一つとなるこれまでの歴史では見られなかった新しい国家の形成がなされる条約が新基本条約と呼ばれるものなのです。

 そのためには27ヵ国のたった一つでも反対があれば成立しない。
 それが新基本条約でありました。それでアイルランドは敬虔なカトリックの国であるため、例えば妊娠中絶の問題や同性愛など、細かなことに国民は納得できなくて、反対されてきたのですが、昨年9月のリーマンショックから世界同時不況の波が押し寄せ、アイルランドも苦境に陥り、自らの選択を見直さなくてはならない環境に追いやられたのです。
 そして今年、そのようなアイルランドの国内事情に配慮した特例が加えられて、再度EU新基本条約の発効に向けてその正否が問われるようになったのです。

 (ということは、リーマンショックはこの基本条約を進めるために起された? 新基本条約という歴史的な大改革であるのですから、そのような疑問も払拭できないのではないでしょうか。)

 ・・・・そして。  

 また、彼らは100年以上も前の段階で、以下の戦略を彼ら同志で交し合っていたのです。

 『いきおい彼らは、国際的支配権をわれわれに譲らないわけにはいかなくなる。
 この国際的支配権というのは、何も諸国家を打ち壊さなくても、その上に包括して超越的な主権を樹立すれば事足りる。
 われらは現在の支配者のかわりに、超国家的政府とでも称する怪物を造る。
 この超国家的国際機関の手は、各方面に伸び、強大な組織を形成し、すべての人民はその下に隷属しなければならなくなるだろう。』

 この戦略からするならば、EU合衆国が登場した後、世界は各ブロックに分割される流れが想像できます。
 それは北米、南米、アフリカ、アジアなどの各ブロック別にそれぞれ形成されて、やがてそのトップに位置するものがEUとなるのでありましょう。
 そして、そのとき世界政府の完成が実現されることになるのです。

 このように世界支配というものは強引な圧力によるものではなくて、その方向に同意することが各国国民のためでもあるという認識が植えつけられて進められていくものなのでありましょう。

 そして、その果てに世界は合法的に平準化されてしまうのです。
 そのような戦略を考えると、今回の政権交代というものは、それらの計画を実行に移す。その役目を担わされて登場したのかも知れません。

 
 残念ながら聖書が告げている以上、この流れを変えることは出来ないだろうと思われます。
 しかし、聖書にはそのような時代の中をくぐり抜ける知恵を持つ指導者が、この日本においてはやがて現れると記されているのです。

 しかし今ではありません。
 その前に今回のタイトルの国益対グローバルに向けた水面下での闘いが、ごく近い将来に始まるものと思われます。

 どちらにしても、民主党の政策が何処まで実現できるものなのか、それは大いに疑問であります。この政党においての政策に行き詰まりが見え始めたとき、そのとき民主党や自民党の中から飛び出すものが現れて、一国一党の政治が行なわれてしまう可能性もありえるからです。
 それが福田政権のときに起きた小沢氏との裏取引、あのとき大連立構想が密かに浮上していたからです。

 しかしかつての大政翼賛会は戦争への道を選択しました。

 しかし、どこまでいっても政治家は劇を演じるだけであり、その裏には見えない演出家が存在します。

 それが日本の支配階級。

 その見えない闘いのあるときに真のリーダーは現れる。

 それが古代ユダヤ12部族が隠匿されたこの日本で将来に起こり得ること。

 そんなロマンに駆られながら、時を見つめていきたいのです。
 

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 稲刈り前に思う

 先日、キヌヒカリの刈り入れにあたって、今までずっと水を入れ続けた水口の蓋を閉めました。
 そして肥料を使用した1町歩の圃場は水尻の当て木を外し、落水を致しました。
 ただそれだけのことなのですが、何故か理由はわかりませんが、この時を迎えて感慨深いというか不思議な気分になったのです。
 
 9月15日からキヌヒカリは農協への出荷が始まるため、それに合わせて今年は2町歩弱ほどの圃場のお米は農協へ出荷致します。
 出来ることなら無肥料で栽培したお米は農協には出したくないのですが、お米作りを始める瀬戸際まで自分に迷いがあったので、今回はこのような形になってしまいました。

 そして、自分は乾燥機や籾摺り機を持っていないので、農協出荷をしないお米は、同地域の個人業者でその作業をやってもらう考えでいたのです。

 そんなある日、肥料を使わなければ絶対とれないと心配してくれたある専業農家の方が、小生の稲刈り後のもろもろについてアドバイスをしてくれたのです。

 実は小生は乾燥を業者に依頼した場合、当然自分の栽培したお米が、玄米になって返ってくると思っていたのです。
 ところが現実はいろいろ問題があり、他の農家が栽培したお米と混合したり、考えられないことですが、ある方はもち米を業者に依頼したにもかかわらず、戻ってきたお米はうるち米になっていたこともあったそうなのです。

 その専業農家はそれなりにこだわったお米なので、本当に信頼できるところに依頼しなければダメですよとアドバイスをしてくれました。
 ところが、小生の地域で信頼のおける業者は見当たらず、心配してくれた方に尋ねても、ホントに難しそうな話をされるのです。

 その専業農家は15町歩の作付けを行っています。しかし、その方も乾燥機を持っておらず、3軒ほどの業者に依頼するらしいのですが、今までの彼の経験から、もし間違いがあった場合に文句は言わないが、次からはその業者には頼まずに他を探すと言ったのでした。

 そして、お米を抜き取る悪質な業者も多いようで、そういえば伊賀でその経験があったことを思いだして、少し悩んでいたのでした。

 それで、申し訳ないとは思いながらも、昔から自然農法で親交のある大先輩の松沢さんに相談させていただきました。
 松沢さんも2町歩ほどのお米を栽培されているのと、結構手間がかかる作業なので、お話するのもつらかったのです。

 でも、松沢さんは快く引き受けてくれました。

 本当に今回の件で、ずっと悩んでいたのですが、松沢さんの一声で一気に光が差し込みました。

 本当にいろんな人に助けてもらいながら、当方のお米作りは始まりました。これで無肥料栽培のお米が混ざる心配は一切ありませんし、反当たりの収量も明確になるので、今後の参考に役立ちます。

 何はともあれでした。

 ただ、今年は4町歩のお米作りが出来ましたが、来年は半分くらいが転作で麦の栽培になるのです。
 それで当然来年のお米は農協に出荷は出来ませんし、出来ることならこれからずっと、そうしていこうとも思っております。

 そんなにこだわりは持ちたくありませんが、やっぱりお米が混ざってしまうのは、作り手にとっては寂しいものです。

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