国益VSグローバルの果てに
「 戦後日本における幾多の社会的変化がありました。
そのなかで世界的友愛結社であるフリーメーソの門戸が開かれたことは、最も大きな出来事の一つとしてあげねばなりません。
而して私は世界幾多の指導者や元首が対等の資格で会員であるこの友愛結社の一員として、日本がグランドロッジの年会に出席して友愛精神をたたえ、ご挨拶を申し上げる機会を与えられたことは、まことに光栄に存じます。
フリーメーソンが民主主義精神の根本を教え、アメリカの独立をはじめとして自由と平和のために闘ってきた数多くの先覚者は、みなその会員でありました。この友愛精神が新しく日本をもつなぐ大きな力となったことを考えましても、この精神をたたえないわけにはゆきません。
マッカーサー元帥は私ども日本人にこの友愛結社の門戸を開き、また占領軍中の多くのメーソンは実際に兄弟愛の何物であるかを実践してくれました。
私が病気中、何人よりも先にお見舞いをいただいたのはメーソンでありました。また会員のみなさまから再三にわたって激励していただきました。兄弟愛、すなわち友愛精神を身をもって私に示してくれましたことは、私にとって大きな感激でありました。
さらにメーソンは、盲目の人に光明を与え、歩行不能であった子供たちに歩行の自由を与えました。この美しい慈善と兄弟愛の精神が、私を感動せしめたことは当然であり、私は会員としての誇りを感ずるものであります。
(中略)
アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントンは日本の子供で知らないものはありませんが、彼が偉大なるメーソンであったことを知るものは少ないのであります。ベンジャミン・フランクリンもメーソンでありました。
占領初期から今日にいたるまでのマッカーサー、リッジウエイ、クラーグ、ハル、レムニッツァならびにアリソン大使は、いずれもメーソンであります。 」
・・・日本の歴史感、そして日本人としての心。
冒頭の言葉は、そんな日本人としてのごく当たり前の感性をまるで忘れてしまったか、それとも敢えて捨てたのか・・・。
そのように思える言葉であります。
これは1956年6月5日に日本フリーメーソン本部において鳩山一郎元首相が、壇上で発した挨拶文でありました。
そして、あれから53年という長い歳月が刻まれて、同じく友愛を旗印にした政党が、政権交代を果たしました。
これから日本で、そして世界で一体どのような変化が起きようとするのか?
しかしおそらくこのようなことを考える人はいないだろうとも思います。
『彼らに事情をさとらせないために、われわれはさらにマスレジャーを盛んにする。やがてわれらの新聞で芸能・スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われわれと政治闘争をしなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。
こうして人間は次第に独立してみずから思索する能力を失い、すべてわれらの考えるとおりにしか考えられないようになる。
そのとき表面的にはわれらと関わりないようなものによって、彼らに新しい思想を提供する。』
芸能・スポーツ・クイズ・・・・。
これらの娯楽を大衆に見せ続けることによって、大衆は政治とはどのようなものであるのか、それが正確に判断できないものに変わっていくという戦略。
この戦略は今から100年以上も前に、始められたものでありました。
そして今日において芸能、スポーツ、クイズは国民の欲するものになり、多くの人は芸能人のスキャンダルに翻弄されたり、スポーツに夢中になったり、それが彼らの戦略であったとは誰も理解は出来ないようにされてしまっているのです。
真の政治において重要なものは外交と軍事。しかし、今の日本でそれにふれる政治家は政治家失格の烙印を押されるようです。
国民の生活が第一。しかし、これは詭弁にしか過ぎないのです。
それほどまでに人々はこれらものを与えられ、洗脳されてしまったのかも知れません。
話は変わりますが、よく民主党代表の鳩山氏は”アジアの共同体”という言葉を口にします。
これには一体どのような意味が秘められているのか、なかなかイメージが浮かんでこなかったのです。
しかし、その実体がおぼろげながら見えてきました。
実は、それと来月に行われるアイルランドでの国民投票には、密接な繋がりが秘められていたことが見えたのです。
10月上旬に行われるこの国民投票は、昨年6月にEU新基本条約の批准を否決したアイルランドにおいて、再度その条約の発効に道筋をつけるために行われる投票であるのですが、そもそもEU新基本条約とは何なのかということに、日本の方はあまり興味がないようなのです。
この条約はEU加盟27ヵ国が共同体となり、それまで各国に存在していた憲法等の枠を超えて、EU全体での一つの憲法、そしてEUを代表する一人の大統領や一人の外務大臣、そのようなEU全体が一つとなるこれまでの歴史では見られなかった新しい国家の形成がなされる条約が新基本条約と呼ばれるものなのです。
そのためには27ヵ国のたった一つでも反対があれば成立しない。
それが新基本条約でありました。それでアイルランドは敬虔なカトリックの国であるため、例えば妊娠中絶の問題や同性愛など、細かなことに国民は納得できなくて、反対されてきたのですが、昨年9月のリーマンショックから世界同時不況の波が押し寄せ、アイルランドも苦境に陥り、自らの選択を見直さなくてはならない環境に追いやられたのです。
そして今年、そのようなアイルランドの国内事情に配慮した特例が加えられて、再度EU新基本条約の発効に向けてその正否が問われるようになったのです。
(ということは、リーマンショックはこの基本条約を進めるために起された? 新基本条約という歴史的な大改革であるのですから、そのような疑問も払拭できないのではないでしょうか。)
・・・・そして。
また、彼らは100年以上も前の段階で、以下の戦略を彼ら同志で交し合っていたのです。
『いきおい彼らは、国際的支配権をわれわれに譲らないわけにはいかなくなる。
この国際的支配権というのは、何も諸国家を打ち壊さなくても、その上に包括して超越的な主権を樹立すれば事足りる。
われらは現在の支配者のかわりに、超国家的政府とでも称する怪物を造る。
この超国家的国際機関の手は、各方面に伸び、強大な組織を形成し、すべての人民はその下に隷属しなければならなくなるだろう。』
この戦略からするならば、EU合衆国が登場した後、世界は各ブロックに分割される流れが想像できます。
それは北米、南米、アフリカ、アジアなどの各ブロック別にそれぞれ形成されて、やがてそのトップに位置するものがEUとなるのでありましょう。
そして、そのとき世界政府の完成が実現されることになるのです。
このように世界支配というものは強引な圧力によるものではなくて、その方向に同意することが各国国民のためでもあるという認識が植えつけられて進められていくものなのでありましょう。
そして、その果てに世界は合法的に平準化されてしまうのです。
そのような戦略を考えると、今回の政権交代というものは、それらの計画を実行に移す。その役目を担わされて登場したのかも知れません。
残念ながら聖書が告げている以上、この流れを変えることは出来ないだろうと思われます。
しかし、聖書にはそのような時代の中をくぐり抜ける知恵を持つ指導者が、この日本においてはやがて現れると記されているのです。
しかし今ではありません。
その前に今回のタイトルの国益対グローバルに向けた水面下での闘いが、ごく近い将来に始まるものと思われます。
どちらにしても、民主党の政策が何処まで実現できるものなのか、それは大いに疑問であります。この政党においての政策に行き詰まりが見え始めたとき、そのとき民主党や自民党の中から飛び出すものが現れて、一国一党の政治が行なわれてしまう可能性もありえるからです。
それが福田政権のときに起きた小沢氏との裏取引、あのとき大連立構想が密かに浮上していたからです。
しかしかつての大政翼賛会は戦争への道を選択しました。
しかし、どこまでいっても政治家は劇を演じるだけであり、その裏には見えない演出家が存在します。
それが日本の支配階級。
その見えない闘いのあるときに真のリーダーは現れる。
それが古代ユダヤ12部族が隠匿されたこの日本で将来に起こり得ること。
そんなロマンに駆られながら、時を見つめていきたいのです。
そのなかで世界的友愛結社であるフリーメーソの門戸が開かれたことは、最も大きな出来事の一つとしてあげねばなりません。
而して私は世界幾多の指導者や元首が対等の資格で会員であるこの友愛結社の一員として、日本がグランドロッジの年会に出席して友愛精神をたたえ、ご挨拶を申し上げる機会を与えられたことは、まことに光栄に存じます。
フリーメーソンが民主主義精神の根本を教え、アメリカの独立をはじめとして自由と平和のために闘ってきた数多くの先覚者は、みなその会員でありました。この友愛精神が新しく日本をもつなぐ大きな力となったことを考えましても、この精神をたたえないわけにはゆきません。
マッカーサー元帥は私ども日本人にこの友愛結社の門戸を開き、また占領軍中の多くのメーソンは実際に兄弟愛の何物であるかを実践してくれました。
私が病気中、何人よりも先にお見舞いをいただいたのはメーソンでありました。また会員のみなさまから再三にわたって激励していただきました。兄弟愛、すなわち友愛精神を身をもって私に示してくれましたことは、私にとって大きな感激でありました。
さらにメーソンは、盲目の人に光明を与え、歩行不能であった子供たちに歩行の自由を与えました。この美しい慈善と兄弟愛の精神が、私を感動せしめたことは当然であり、私は会員としての誇りを感ずるものであります。
(中略)
アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントンは日本の子供で知らないものはありませんが、彼が偉大なるメーソンであったことを知るものは少ないのであります。ベンジャミン・フランクリンもメーソンでありました。
占領初期から今日にいたるまでのマッカーサー、リッジウエイ、クラーグ、ハル、レムニッツァならびにアリソン大使は、いずれもメーソンであります。 」
・・・日本の歴史感、そして日本人としての心。
冒頭の言葉は、そんな日本人としてのごく当たり前の感性をまるで忘れてしまったか、それとも敢えて捨てたのか・・・。
そのように思える言葉であります。
これは1956年6月5日に日本フリーメーソン本部において鳩山一郎元首相が、壇上で発した挨拶文でありました。
そして、あれから53年という長い歳月が刻まれて、同じく友愛を旗印にした政党が、政権交代を果たしました。
これから日本で、そして世界で一体どのような変化が起きようとするのか?
しかしおそらくこのようなことを考える人はいないだろうとも思います。
『彼らに事情をさとらせないために、われわれはさらにマスレジャーを盛んにする。やがてわれらの新聞で芸能・スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われわれと政治闘争をしなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。
こうして人間は次第に独立してみずから思索する能力を失い、すべてわれらの考えるとおりにしか考えられないようになる。
そのとき表面的にはわれらと関わりないようなものによって、彼らに新しい思想を提供する。』
芸能・スポーツ・クイズ・・・・。
これらの娯楽を大衆に見せ続けることによって、大衆は政治とはどのようなものであるのか、それが正確に判断できないものに変わっていくという戦略。
この戦略は今から100年以上も前に、始められたものでありました。
そして今日において芸能、スポーツ、クイズは国民の欲するものになり、多くの人は芸能人のスキャンダルに翻弄されたり、スポーツに夢中になったり、それが彼らの戦略であったとは誰も理解は出来ないようにされてしまっているのです。
真の政治において重要なものは外交と軍事。しかし、今の日本でそれにふれる政治家は政治家失格の烙印を押されるようです。
国民の生活が第一。しかし、これは詭弁にしか過ぎないのです。
それほどまでに人々はこれらものを与えられ、洗脳されてしまったのかも知れません。
話は変わりますが、よく民主党代表の鳩山氏は”アジアの共同体”という言葉を口にします。
これには一体どのような意味が秘められているのか、なかなかイメージが浮かんでこなかったのです。
しかし、その実体がおぼろげながら見えてきました。
実は、それと来月に行われるアイルランドでの国民投票には、密接な繋がりが秘められていたことが見えたのです。
10月上旬に行われるこの国民投票は、昨年6月にEU新基本条約の批准を否決したアイルランドにおいて、再度その条約の発効に道筋をつけるために行われる投票であるのですが、そもそもEU新基本条約とは何なのかということに、日本の方はあまり興味がないようなのです。
この条約はEU加盟27ヵ国が共同体となり、それまで各国に存在していた憲法等の枠を超えて、EU全体での一つの憲法、そしてEUを代表する一人の大統領や一人の外務大臣、そのようなEU全体が一つとなるこれまでの歴史では見られなかった新しい国家の形成がなされる条約が新基本条約と呼ばれるものなのです。
そのためには27ヵ国のたった一つでも反対があれば成立しない。
それが新基本条約でありました。それでアイルランドは敬虔なカトリックの国であるため、例えば妊娠中絶の問題や同性愛など、細かなことに国民は納得できなくて、反対されてきたのですが、昨年9月のリーマンショックから世界同時不況の波が押し寄せ、アイルランドも苦境に陥り、自らの選択を見直さなくてはならない環境に追いやられたのです。
そして今年、そのようなアイルランドの国内事情に配慮した特例が加えられて、再度EU新基本条約の発効に向けてその正否が問われるようになったのです。
(ということは、リーマンショックはこの基本条約を進めるために起された? 新基本条約という歴史的な大改革であるのですから、そのような疑問も払拭できないのではないでしょうか。)
・・・・そして。
また、彼らは100年以上も前の段階で、以下の戦略を彼ら同志で交し合っていたのです。
『いきおい彼らは、国際的支配権をわれわれに譲らないわけにはいかなくなる。
この国際的支配権というのは、何も諸国家を打ち壊さなくても、その上に包括して超越的な主権を樹立すれば事足りる。
われらは現在の支配者のかわりに、超国家的政府とでも称する怪物を造る。
この超国家的国際機関の手は、各方面に伸び、強大な組織を形成し、すべての人民はその下に隷属しなければならなくなるだろう。』
この戦略からするならば、EU合衆国が登場した後、世界は各ブロックに分割される流れが想像できます。
それは北米、南米、アフリカ、アジアなどの各ブロック別にそれぞれ形成されて、やがてそのトップに位置するものがEUとなるのでありましょう。
そして、そのとき世界政府の完成が実現されることになるのです。
このように世界支配というものは強引な圧力によるものではなくて、その方向に同意することが各国国民のためでもあるという認識が植えつけられて進められていくものなのでありましょう。
そして、その果てに世界は合法的に平準化されてしまうのです。
そのような戦略を考えると、今回の政権交代というものは、それらの計画を実行に移す。その役目を担わされて登場したのかも知れません。
残念ながら聖書が告げている以上、この流れを変えることは出来ないだろうと思われます。
しかし、聖書にはそのような時代の中をくぐり抜ける知恵を持つ指導者が、この日本においてはやがて現れると記されているのです。
しかし今ではありません。
その前に今回のタイトルの国益対グローバルに向けた水面下での闘いが、ごく近い将来に始まるものと思われます。
どちらにしても、民主党の政策が何処まで実現できるものなのか、それは大いに疑問であります。この政党においての政策に行き詰まりが見え始めたとき、そのとき民主党や自民党の中から飛び出すものが現れて、一国一党の政治が行なわれてしまう可能性もありえるからです。
それが福田政権のときに起きた小沢氏との裏取引、あのとき大連立構想が密かに浮上していたからです。
しかしかつての大政翼賛会は戦争への道を選択しました。
しかし、どこまでいっても政治家は劇を演じるだけであり、その裏には見えない演出家が存在します。
それが日本の支配階級。
その見えない闘いのあるときに真のリーダーは現れる。
それが古代ユダヤ12部族が隠匿されたこの日本で将来に起こり得ること。
そんなロマンに駆られながら、時を見つめていきたいのです。
| 固定リンク
「ひとり言」カテゴリの記事
- 貧倖(ひんこう)への問いかけ(2010.08.13)
- 本来の日本人 1(2010.04.12)
- 龍馬伝から思うこと 3(2010.03.28)
- 彼らの奥深さを知る(2010.03.15)
- 龍馬伝から思うこと 2(2010.03.15)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント