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2009年12月

よきお年をお迎え下さい

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昨日、お餅をつきました。

 今年は鹿児島の知人からレーベンという活水器を頂戴したので、そのお水に二昼夜浸け込み、それから蒸してついたのですが、いつもよりつき上がりが早い感じを受けました。

 無肥料栽培の餅米とこだわりの水で、できたお餅です。
 今年はそれでささやかな贅沢を味あわさせていただきます。

 そして、家の片づけをしていたら、懐かしい本がでてきました。

 その最初に紹介されていたご夫婦が下の写真です。

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この方はブラジルサンパウロ州で現在はきのこ栽培をされていますが、ブラジルでいちばん最初にEM菌を活用された方で、その後炭素循環農法に至られた峰さんご夫婦であります。

 小生は平成8年、このご夫婦の農場を訪ねさせていただき、広大なじゃがいも畑を見学させていただいたことがあります。
 そして今年になって、この方が林さんと共に炭素循環農法=別名手抜き自然農法を確立されたことを知りました。

 久しぶりに峰さんの笑顔を拝見することができました。
 
 小生も来年は手抜き農法二年目になります。
 まだまだ、転換にはほど遠い状態かも知れませんが、しかし静岡の城さんという方は同じく今年から炭素循環農法を始められて目覚しい土壌の転換がされたというお話を聞きました。

 転換一年目の記録
 http://www4.tokai.or.jp/tanjun/CCP023.html

 ・・・未来側から学ぶ姿勢。

 来年も顔晴ってまいる所存です。
 
 皆様には今年一年誠にありがとうございました。
 来年もよろしくお願い致します。

 よきお年をお迎え下さい。

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米国人が語る、米国人の心と未来 2

『 カインは自らの力を誇り、反対にアベルは人間の無力さを知っていたのである。その結果何が起きたのであろうか。

 創造主なる神はアベルの供え物を受け取り、カインの誇りに満ちた土地の産物を受け取らなかったのである。
 
 このことはその後の人類歴史をすべて暗示しているように思える。

 カインは自らの力を頼りし、常に自分の力に酔いしれてきた。この「力」という言葉を「知恵」という言葉に置き換えることができるかもしれない。具体的にいえばそれが文明であり、文化であり、科学技術・・・などと言えるかもしれない。
 もちろんこのようなものが悪であるという意味ではない。しかし、それをどのように使うか、どのような感謝を持って使うかということが大きなポイントである。
 
 カインの場合、自らの知恵を自慢に使った。そして自らの産物を、創造主なる神への異議申し立てのために自慢したのであった。

 しかし、アベルはなんら誇ることはなかった。アベルにあったのは創造主なる神への感謝だけである。それゆえに神は彼を受け入れたのである。
 人類はどのような歴史を綴ってきたのであろうか。人類はその後の歴史をどのように組み立ててきたであろうか。

 そして事件が起きた。

 これもまたその後の人類歴史を示している。すなわち「殺人事件」である。

 兄のカインは創造主なる神に退けられたことで、弟のアベルを憎んだ。そして弟アベルに向って「野に行こうではないか」と言って、野に連れ出し、すきをねらって弟のアベルを殺してしまったのである。
 人類の初めての死、それは殺人事件によってもたらされた。そしてそれは行きずりの殺人事件ではなく、兄が弟を殺す、すなわち兄弟殺しが起きてしまったのである。

 私たちは毎日の事件を新聞やあるいはテレビのニュースで知ることができる。なんと悲しむべき事件が累々として続いていることであろうか。そしてそれが大きく火を噴く時に戦争に至るのである。憎しみは憎しみを呼び、そして恐るべき憎悪の歴史はますます雪だるまのように加速度的に増え広がり、かつ殺す道具も、かつてのカインによってアベルが石で殺されたとは異なり、今は大量殺人兵器を作り出してしまったのである。

 以上のことは旧約聖書・創世記4章に詳しく記録されている。ただそれが記録されているというのではなく、私たち欧米人、そしてユダヤ民族を含むほとんど多くの人々の思想の原点なのである。わかっていてもそれでも止められない。創造主なる神の前に心を低くするということがどれほど難しいことであろうか・・・・・。

 いわゆる科学が悪用される前は、人類は非常に謙虚であった。そして自然の法則、自然のリズムの中に生きてきたのであった。
 太陽を見ても、月を見ても、美しい花を見ても、創造主なる神に感謝した。そして神の前に生かされていることの喜びを噛み締めることができたのである。
 しかし今日、人類は科学の発達を自らの知恵であると誤解した。そして自分たちが立派な者、自分たちは何でもすることができると思うようになってしまった。
 自然を征服する。自然を自らの力で切り開いていくことで、自らを「創造主なる神」であるがごとき誤解を持ってしまったのである。

 そして聖書は何と人類の先を指し示していたことであろうか。
 これは宗教ではなく、やがて確実に起きる未来の現実である。
 
 それこそ「ハルマゲドンの戦い」である。

 新約聖書の最後、聖書全体の最後は「ヨハネ黙示録」であるが、その16章には世界で最も有名な戦い「ハルマゲドンの戦い」が述べられている。

 ハルマゲドンとはどこにあるのであろうか。架空の話ではない。実は今日、中東にあるイスラエルの北方にあり、そこから北へ少し行くとレバノン、そこから少し東北に行くとシリア、そして南にはヨルダンがある。その4つの国の接点である。しかし、4つの国といってもイスラエルはレバノン、シリア、ヨルダンと敵対関係にある。ヨルダンは今イスラエルと和平条約を結んだといえども、将来の中東における大戦争で、イスラエルといつまでも平和の関係を保ち得るかどうかわからない。
 「ハルマゲドン」は現に中東にある。そして今、世界のゆくえを決する発火点は「第五次中東戦争」であることがわかる。
 
 そこへユダヤ民族が自らの先祖の土地であるとして「イスラエル建国」を行ったのが、1948年5月であった。その結果、どれほど多くのアラブ人たち、すなわちパレスチナ人たちが家を失い、土地を失い、思い出を失ったことであろうか。彼らは多く殺され、同時にまたアラブ諸国や世界に散らされて行ったのである。

 以後、戦争は繰り返され、世界はオイル・ショックで中東に目を注がざるを得なくなったのである。
 それでも私たちの国アメリカはイスラエルを支持し、ユダヤ民族の肩を持っている。その背後には「政治的意味」がある。
 これで中東の戦争が終わったわけではなく、ますます追いやられたパレスチナ人たち、苦しめられているアラブ諸国、そしてイスラム諸国は憎しみを駆り立てられていくのである。

 かつてイエスが「剣を取る者は剣で滅びる」と言ったが、人類は結局、この言葉のいわば法則の中に、歴史を綴っているのである。

 イスラエルは1948年5月、すなわち第一次中東戦争で勝利を得たといっても、その後安心して眠ることはできないのである。第三次中東戦争(1967年6月)以降、それまで虐げられたパレスチナ人たちはゲリラ活動を開始した。イスラエルに対してあらゆる手段を持って対抗するようになったのである。
 やがてそのパレスチナ人の中から、子どもたちが石のつぶてを持って、完全武装のイスラエル兵に挑みかかっていったのである。
 イスラエルはこれらのパレスチナ人たち、またパレスチナの子どもたちを大量に殺していかざるを得なくなったのである。

 イスラエル建国以来、またイスラエルが第三次中東戦争でより広い占領地を獲得したことで、パレスチナの人々やパレスチナの子どもたちは、貧しい生活の中に落とされていった。
 それでもアメリカはイスラエルの肩を持ち、イスラエルはそれをよいことにして中東地域で暴れまくり、最終的に自分たちを守るために核兵器を製造し、保有するようになったのである。

 中東問題を知るならば、世界政治がいかに欺瞞に満ちたものであることがわかるのである。
 この欺瞞の結果、今までの超大国アメリカとされてきた私たちの国家が、多くのイスラムの人々の前に、攻撃にさらされることがあり得るのではないであろうか。
 特にイスラエルはそのことに怯えており、国民は大いなる恐怖を覚えている。
 ハルマゲドンは聖書全体の最後の預言である。
 「第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほう(すなわち東の方)から来る王たちに道を備えるために、かれてしまった・・・・彼らはしるしを行う悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。
 万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである・・・こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた」(ヨハネ黙示録16章12~16)

 人類の行き着く先に何があるのか。ハルマゲドンの戦いである。そして私たちはもうすでにその兆候を見ることができる。
 中東はますます熱くなっている。特に中東において、同じイスラムを信奉しているものとして、イランは激しくイスラエルを憎んでいる。そしてすきあらば、イスラエルへの攻撃を計画していることは明らかである。

 かつてアダムとエバの子ども、カインとアベルの争いと同じように、人類はもっと大きく、もっと恐るべき兵器を手にして歴史を繰り返し続けている。
 このような観点で私たちはオバマのノーベル平和賞受賞の演説に耳を傾けなければならない。彼はいわゆる少年少女が描くような理想の平和を夢見ているのではない。オバマは現実的に世界戦争が起きるその時、自らがノーベル平和賞を受賞したとはいえ、アメリカ合衆国軍最高司令官としての行動をまた取らなければならないと述べているのである。

 このオバマの心境の背後を見るならば、彼にとってはやはり戦争は避けがたいものであるという思いが生きていることがわかる。
 結局、人類は行き着くところまで行く。放蕩息子が親のもとを離れて、結局は惨めで哀れで、食べるものすら手に入れられなかったほどの状態になってこそ、「悔い改める」状態になるのである。
 このことが先に述べた「行き着くところまで行く」ということになる。

 私たちはどのような時代に生きているのか。以上述べてきたことが多くのアメリカ人の心であり、アメリカ人が見る未来の現実なのである。』

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米国人が語る、米国人の心と未来 1

『12月10日、ノーベル平和賞の授賞式がノルウェーのオスロ市庁舎で行われた。

 その中で、バラク・オバマ大統領はノーベル平和賞を受賞した。オバマはその記念演説で「核兵器拡張を阻止し、核兵器のない世界を追及する取り組みが急務である」と、改めてその決意を表明した。
 そしてオバマは平和賞について「深い感謝と大きな慎みをもってこの名誉を受ける」と述べた上で、「私たちは今、戦争を遂行している。祖国から遠く離れた地で、生命を危険にさらしている若い兵士たちへの責任を私は負っている」として、イラクとアフガニスタンという「二つの戦争の最中にあるアメリカ軍最高司令官」としての立場に正面から言及した。
 さらに彼は、交渉では国際テロ組織アルカイダの指導者に武器を放棄させることはできないと対話の限界を語った。さらに戦争というものは、平和を維持する一定の役割を持っていること、そしてアメリカが先の大戦後60年間にわたり、血を流し、軍事を増強することで、世界の安全を支えてきたことを語ったのである。

 オバマは、明確に時には戦争が必要であることを公に語った。しかもノーベル平和賞授賞式においてである・・・。

 「ときには戦争は必要である」「アメリカを守るために必要なら、単独で行動する権利を保有する」と語り、世界の平和を維持するためには、平和を理想論としてとらえるだけではなく、人間社会の現実はさらに厳しいことを認めたのであった。
 
 アメリカの増派計画を受けて、NATO(北大西洋条約機構)加盟諸国もこれまでの消極姿勢を転換させて、約7000人の追加派兵を打ち出した。オバマが今回の演説で打ち出した、「正しい戦争」の概念に応えて、国際社会が世界的課題への対応で協調する具体的な形を示したと言える。
 
 これはなぜであろうか。

 オバマ自身が次のように述べた。
 「ときには武力が必要だということは、人間の不完全性や理性の限界を認めることである」と訴えたのである。
 「ルールや法律を破った国に対しては、暴力に替わる厳しい措置を編み出さなければならない」と指摘した。
 すなわちオバマは理想だけでは平和は来ない。なぜならば人間という者は「不完全性」を持っているものであるからということを明らかにした。

 これを人間の弱さと言おうか、あるいは人間の残虐性と言おうか、人間はある限界を超えると獣以上になる。そしてその歴史の中で、それが人類を滅ぼしてしまうとわかっていながらも、恐るべき核兵器を次々に生み出してきたのである。この地球上を100回も滅ぼしてもなお余りある核兵器を大量に造ってきた。

 北朝鮮はどれほど貧しい国であろうか。それでも核兵器を造り、次から次へと生物兵器や化学兵器を造っている。彼らはこれを「貧者の核兵器」などと言って自慢しているほどである。
 イランは疑われている。はたしてイランの核開発は核兵器製造に至るのか・・・・・特にイスラエルなどは疑心暗鬼である。それでいて自らは大量の核兵器を保有しているのである。周りのアラブ諸国を信用してはいない。そしてその歴史の中で多くの戦争を繰り返してきた。そして自らの国が核兵器を持つことは善であるという論理を展開している。

 これに対してイランは同じイスラム教徒として、パレスチナ人たち、あるいはアラブ諸国の今後を考える時に、イスラエルを崩壊させなければならないと意気込んでいるのである。自らの国がどれほど貧しくなろうと、反撃しなければならないとなお意気込んでいる。

 このような事実は、客観的に見るならばまことに「人間の愚かさ」ということに行き当たるであろうが、人類はそのような中で歴史を綴ってきた。そして今の時点でなお未来を見る時、大規模な戦争は避けがたいものと映るのである。


 オバマはなぜ人間の本質を見抜くようにして、「戦争もまた必要である」と、世界に向ってアピールしたのであろうか。取り方によっては非常に大胆な、また傲慢な響きを持っている。
 しかし、よく考えてみれば、彼は正しいということがわかる。
 それは歴史が証明するところであるがゆえである。
 同時に私たち欧米人には、オバマの気持ちが非常によくわかるのである。なぜならば私たちは共通の土台を持っている。それは世界最古の書物からきている。

 このことはヨーロッパ人だけではなく、ユダヤ人も知っていることであり、アメリカ人もロシア人もよくわかっていることである。

 では世界で一番古い書物とは何か。もちろん旧約聖書である。
 その旧約聖書には、人間とは「まったく不完全な者であり、創造主なる神から離れた者」と述べられているのである。
 親の手を振り切って、幼い子どもが、自らが勝手な道を歩くような状態であると述べているのである。ただ単に、子どもは親に対して逆らったというだけではなく、創造主なる神に対して反逆し、自らの力だけで人間は生きていけるとうそぶいてしまったのである。
 
 私たちの先祖が初めまだ二人、すなわち夫婦であった時に、創造主なる神に逆らった。神の言葉に従うよりも、自らの判断によって人生を切り開いて行くと豪語したのである。
 このような造り主に対して被造物が逆らった時、彼らに与えられたメッセージは非常に有名である。

 「土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。
  土地は、あなたのために、いばらとあざみを生じさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。
  あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。
  あなたはそこから取られたのだから。
  あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない」

 私たちは人生を語る時、あるいは人類のこれからを語る時にも、この言葉をよく口にするものである。なぜならば人類歴史、人類社会の根本がここに凝縮されていると思うからである。
 なぜ人間は苦しんで生きなければならないのであろうか。

 「土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは一生、苦しんで食を得なければならない」と述べられているがゆえである。
 文字どおり農業を営む者は、昔から顔に汗して糧を得なければならなかった。しかし、工業をなし、あるいはサービス業で人生を営む者も同じである。結局は「食を得る」ことだからである。

 そしてその結果として、すなわち汗を流しながら人生を生き、多くの矛盾を抱えながら人生を生き抜いて、その果てに何があるのか。

 「あなたは、額に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る」。

 すなわち、その果てにあるのは死であると述べているのである。

 これらのことを単純化すれば、人生とは苦しみの汗を流すことであり、その果てになんら報いられることもなく、「土に帰る」ということになる。

 人生の空しさを語っているのではない。人類よ目覚めよ、人類よ創造主なる神に立ち返れ。ちょうど放蕩息子が父親のもとに悔い改めて帰ってきたように、人類は創造主なる神のもとに帰って来なければならないという招きの言葉なのである。

 私たちは人生の目的がわからない。また私たちは歴史を綴っているが、その果てにあるのはまさに「あなたは土から取られたのだから土に帰る」の集大成であることがわかっているのである。

 オバマもこのことがわかっている。自分たち人間がいくら努力しても理想的な平和を築くことができない。かえって理想を求めることによって恐るべき、そして新しき争いが生じてくるということになる。

 これが欧米人たちのすべての共通点である。思想の根底にあることはこういうことなのである。

 これらのことをベースにするならば、オバマの「戦争もときには必要である」という言葉を理解することができるのである。
 自分たちは正しい、他の者は間違っているという傲慢な発想ではない。正義を維持するために、悪の蔓延を断たなければならないということを述べているのである。
 もちろんその時、正義とは何か、悪とは何か・・・・・という問題が生じることは明らかである。傲慢な者が、独裁的な政治家がその軍事力を掌中に収めるならば、世界は本当に恐ろしい状態となる。

 EU27ヵ国は今やひとつの政治機構の下に集められるようになった。確かにEUは、政治的にも経済的にも発展していくであろう。しかし、懸念されることがある。そのEUを誰がコントロールし、いかなる思想に基づいて世界の政治を指導していくのかということである。
 イスラエルは自らを善とすることで、繰り返しアラブ諸国に戦争を仕掛けてきた。しかし、戦争を仕向けられたアラブ諸国は、自分たちこそが正義であるという理想を持っているはずである。
 両者は打ち砕かれなければならない。両者はへりくだり、親である創造主なる神の下に帰って来るような状況が作られなければならない。

 これらのことは「行き着く所まで行く」ということになるであろうが、頭を打つことによって、人類は自分たちの空しさ、自分たちが創造主なる神から離れたことの愚かしさに気づかざるを得なくなるのである。

 私たちはそのような人類歴史の途中にある。オバマの演説をこのような思いで聞くならば、彼は正確に人類歴史をとらえていることを覚えさせられる。

 人類歴史の始まりに「死」が起きた。私たちの一番初めの人間たちはアダムとエバであると、旧約聖書で述べている。これを認める認めないかは別にしても、とにかく一番初めの夫婦から今日70億人に至る人間が増え広がってきたことは事実であろう。
 彼らアダムとエバの間から生まれてきた長男をカインといい、次男をアベルと呼んだ。

 カインはどのようなことをして人生を送ったのであろうか。彼は「土地を耕した」のである。これは非常に簡単な言葉ではあるが、大きな意味を含んでいる。
 なぜならば先ほど述べた創世記3章の言葉を思うならば、「土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない」。すなわち人類の代表であるわれらの父が、創造主なる神に背を向けた時、土地はすでにのろわれてしまったと述べているのである。その結果、人類は苦しみながら食を得なければならなくなった。しかし、このカインという人物はその土地を耕したのである。すなわち、「創造主なる神がのろったはずの土地を、私は耕すことによって素晴らしい楽園を作る」と宣言したのである。
 それゆえに彼は、創造主なる神に供え物を持って来る時に、「自らが耕した土地の産物」を持ってきたのである。

 彼には、そのところに自らの力を誇り、自らの計画を自慢し、そして創造主なる神に異議を唱えている姿を見ることができる。

 それに対して弟のアベルは何をしたのであろうか。彼は羊飼いになったのである。そしてその羊の中から最も立派で、最も美しいものを、創造主なる神への供え物として捧げたと述べられている。

 土地を耕すことと、羊を飼うことはまったく異なっている。土を耕すことが長男のカインの心を表しているとすれば、弟のアベルが羊を飼ったということは、自らの無力さを示しているのである。

 人間は羊の生命を作ることもできないし、羊の成長になんら手を加えることはできないのである。生命の不思議と言っても過言ではないであろう。
 今日ならば牛を飼い、羊を飼い、そしてそれがどれほどの儲けをもたらすかという概念で見られているかもしれないが、しかし、本来の牛や羊は非常に麗しく、人類の慰めとなったはずである。

 アベルは創造主なる神からの贈り物、すなわち美しい羊を、感謝を込めて捧げたのであった。 』

つづく

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前回の続き 及びロシアからの新型インフルに関する情報

 『 次に2010年を迎えるに当たって日本経済はどうなるのかを述べなければならない。12月14日、日銀は企業短期経済観測調査を発表した。これは現在の景況感を示すものであり、それをあらわす業況判断指数(DI)は景況感が「よい」と答えた企業の割合から、「悪い」と答えた企業の割合を差し引いた数値である。
 これによると大企業・製造業ではマイナス24となり、9月の前回調査からは9ポイント改善したとされた。しかし、依然としてマイナスなのである。

 好調な新興国経済に今の時点では牽引され、輸出や生産の回復が続いているものの、その内容において、円高やデフレが企業収益の圧迫要因を作っていることも明らかなのである。2009年に設備投資計画は大企業・製造業が前年度比28.2%減であり、過去最大の減少幅であったことを覚えておかなければならない。

 このような状況下で、企業は新たな設備投資や人員採用に慎重な姿勢を崩してはいない。2009年度の経常利益計画は大企業・製造業で前年度比34.7%減を見込んでいる。前回調査よりもやや上方修正したとはいえ、2年連続の減益を見込んでいるのである。設備投資計画は前回の9月調査からさらに下方修正され、前年度比28.2%減と過去最大の減少幅となっている。
 2010年度の新卒採用計画は、大企業で前年度比30.5%減となり、1994年度の32%減に次いで、過去2番目の減少率を示している。企業が雇用増加に消極的な姿勢を続ければ、今後、消費への悪影響が懸念される。

 これがデフレ状況を作り続けている。デフレとは言葉を換えれば大恐慌という意味である。それが時間を追えば追うほど、ますます深刻になっていくことをデフレスパイラルというが、すでに日本においてはそれが起きつつあるととらえるべきであろう。

 ますますデフレ懸念が高まり行く中、2008年に高騰した原油価格の反落に加えて、幅広い品目で需要が減退してきている。これまでデフレとは無縁であったサービス業などの分野にも、価格下落の影響が広がってきている。
 「対個人サービス」や「飲食店・宿泊」など、内需中心の企業の景況感はますます悪化している。デフレがこうした企業の浮上をさらに困難にしていることがわかる。

 企業は販売価格が下落していると感じる反面、仕入れ価格はそれほど下がっていないと見ている。所得の減少や先行き不安などで弱くなっている需要を取り込もうと、値下げ競争に拍車がかかれば、企業収益は急速に悪化する恐れがある。デフレが経済の悪循環を引き起こす、まさにデフレスパイラルにいよいよはまっていくのである。
 
 このような中、鳩山政権は成長戦略を発表しようとはしていない。企業心理をいよいよ冷やしていくばかりである。
 ある企業家は「経済成長を阻害しかねない民主党政権の政策運営が、景気の不透明要因を作っている」と指摘し、さらに「法人税の引き下げで、企業の研究開発投資を後押しするなど、持続的成長を促す政策を取るべきである」と。
 今、日本経済は病気にかかっている。その最大の大きな要因はデフレ、そしてもうひとつは円高である。円高であればあるほど、輸出を中心とした経済体制は、やはり奈落に落ちて行かざるを得ないのである。
 
 このように重病にかかっている日本経済に、まったく思いもつかない逆な流れが起き得るのである。それがイスラエルによる対イラン攻撃である。なぜであろうか。

 原油価格がたちまちのうちに大暴騰する。1バレル=200ドル以上になるであろう。かつて2回にわたってオイル・ショックが起きた。その時とは比べられないほどの石油価格の暴騰である。これによってデフレではなく、ハイパーインフレが起きるのである。
 もちろんデフレも大きな問題であるが、急激な恐るべき勢いのインフレは、世界経済を叩き潰すことにもなる。
 誰が計画し、誰がその引き金を引こうとするのであろうか・・・・多くの日本人は、これから起きることを想像したとしても、それを偶然の流れであると考えるであろう。確かに水は高い所から下流に向って流れて行く。水は自然の流れである。しかし、人類の営み、それも政治、経済、社会、軍事が偶然であろうはずはない。もちろん政治的には偶然の産物であると説明がなされるであろう。しかし、読者諸氏はその背後に、人為的な計画があり、そして選ばれた時期にそれが実行に移されたととらえるべきであると思う。

 来るべき2010年とはこのような時代のスタートである。まさにサンヘドリンとイルミナティ・フリーメーソンが、長い時間をかけて計画してきたことを実行に移そうとしている時である。そして世界全体が崩落していく中、彼らは世界統一政府を樹立するであろう。その中心となるのはEUであり、EUをして世界政府へと発展させて行くであろう。そしてその頂点に立つのが、将来独裁的に世界政治を行なう人物と言えるであろう。すでに選ばれたEU大統領がその独裁者になるのか、それとも次なる大統領が独裁的支配者になるのか・・・私たちは大変動を前にした時代に生きている。』



『 黒い肺、新型インフル

 先月から西ウクライナでは、インフルエンザの合併症で多くの人々が次々に死んで行っている。また通常、秋や冬に流行しているインフルエンザとは違って、今回の合併症が重体を起こすケースが目立っている。
 
 ウクライナの医師たちによると、今回の合併症になった患者たちの生命を奪うのは肺炎であると言う。
 
 亡くなった患者たちの遺体を解剖した医師は、「死んだ患者たちの肺はあたかも石炭のように真っ黒であった。まったくびっくりさせられてしまった。燃え尽きてしまったようにも見える」と語っている。

 医師たちが言うには死をもたらすウイルスが非常に攻撃的で、また冒されているのは器官ではなく、直接肺であるという。
 肺水腫と内出血を起すのである。このような状態にさせ得るのは、通常のインフルエンザとインフルエンザH1N1型との混合型ウイルスであろうと言う。
 これは非常に有毒性の高い菌株で、それに効く薬は残念ながら今のところは作られていないという。このウイルスは呼吸器だけではなく、目を通しても人体に侵入するのである。

 ウクライナ人が感染したH1N1インフルの菌株に関する調査を行っているイギリスの医師たちは、第一に、その菌株に突然変異が起きていることを指摘している。多くの動物実験が行われ、かつ証明しているように、その反応はわずか数日の間に患者の肺を破壊し、生命を奪っているとのこと。そして第二に、ウクライナにおけるH1N1の症状が、かつて第一次世界大戦の時に流行して、5000万人の人々の生命を奪ったスペイン風邪に似ているとのことである。

 科学者たちによると、スペイン風邪にかかった患者の中で、免疫系であるべき細胞がいきなり呼吸器を攻撃し、予想もつかない事態を起したことが記録されている。
 H1N1型ウイルスが起こす合併症を研究し続けているあるロシアの医師は、その特徴は肺炎であると述べている。その肺炎は想像もできないほどのスピードで患者の生命を奪う。あるシベリアの医師はH1N1にかかりながら、肺炎にかかった31歳の患者の治療に携わっていた。
 その患者はわずか30分で肺水腫を起して死んだという。現在の治療法ではあらゆる力を尽くしたが、彼を助けることができなかったと告白している。

 驚くべきことに、その患者は豚インフルエンザ(H1N1)のワクチンを接種されていたのである。しかし、その人に限らず、いろいろな人々がワクチンを受けていながら、肺炎にかかり、かつ急死するケースがロシア各地で広がってきている。
 しかし、H1N1にかかって死んだ患者たちの数は、通常のインフルエンザにかかって死んだ患者たちの数よりもはるかに少ないことを覚えなければならない。
 ウクライナにおける今年のインフルエンザ流行で亡くなった人々は463人とのことである。
 ロシアのマスコミによる全世界のデータを見る限り、通常のインフルエンザで毎年亡くなって行く人々は50万人であるという。今回のH1N1で、世界の確認死者数は12月17日で1万人を突破している。しかし、H1N1の特徴はその有毒性にある。それにかかった人は肺炎で急死するというケースを多く見ることができるのである。
 そしてH1N1によって肺炎にかかった人の生命を助けるチャンスは、ほとんどゼロに近いと指摘されている。
 H1N1やその合併症で亡くなった西ウクライナの患者たちは、タミフルというスイス製の薬を服用していた。その薬はインフルエンザにかかるとすぐに服用すべきであると、WHO(世界保健期間)が勧めている薬である。西ウクライナの病院の院長が指摘したように、その薬によっての治療効果は今のところ見られないとのことである。

 WHOはロシアにもタミフルを押し付けようとしている。ロシアの公衆衛生医長オニシェンコによると、ロシアはその薬品による市場独占を防ぎ、主にロシア製の薬を使おうと努力しているとのことである。オニシェンコは、WHOが世界の多くの製薬会社と共謀しているという噂は信用できるものであると語っている。その共謀の結果、多くの製薬会社が計り知れないほどの儲けを獲得しているのである。
 ご存じのとおりWHOは、全世界の諸国にワクチン接種を勧め続けている。しかし、徹底的な調査によると、ワクチン接種にはあまり効果が現れていないのである。H1N1もその例外とはなっていない。北欧のマスコミでは、ヨーロッパ製のワクチンは予防というよりも、患者の状態を悪化させる可能性があると報道している。ワクチンへのアレルギー反応を起している人も多く現れている。さらにウクライナやロシアでは、ワクチン接種を受けた患者も急死するという残念なケースが起きているのである。

 以上のようなことを考慮するならば、WHOが推進してきたワクチンの大量接種は、世界の大手製薬会社が70億ユーロあまり儲けた詐欺であった可能性が排除できないのである。ロシアの医師たちによると、現在使われている抗ウイルス薬は、H1N1の症状を癒すことができるが、急死につながる肺炎を防ぐことは不可能であるとのことである。またウクライナのケースが証明したように、H1N1の菌株は突然変異を起こし、薬もワクチンもまだ見つかっていない有毒性の高い菌株になる可能性が充分にあるとのことである。 』

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小沢氏の野望、なぜ崩壊か 1

最初に彼らについて触れます。
 2009年、彼らの計画の準備段階はEU27ヵ国が政治統合されたことである意味完了したものと思われます。
 それで、彼らの戦略の概要は常に触れてきましたが、おそらく来年から本格的に始められる可能性は非常に高いといえるでしょう。

 その戦略のきっかけはイラン問題であるようです。
 今までイランは「核兵器を保有しようとしている」とか、イランが「平和目的で核開発をしているというのは偽りだ」という声が繰り返し世界に流布されてきましたが、その世界の火薬庫と呼ばれる中東で事を起こすことが彼らの戦略のひとつなのです。
 そして、それはやがて世界政府を築くための布石になるものと思われます。

 そのような中、12月14日付けのイギリスの「ザ・タイムズ」紙は、イランが2007年から4ヵ年計画で、核爆弾の起爆装置に使う中性子源の開発に当たっていることを示唆する機密文書を入手したと報じました。
 入手先は明らかにされてはいませんが、おそらくモサド経由であるのでしょう。ペルシャ語の機密文書には、欧米がイランの核兵器開発責任者としているモフゼン・ファフリザテの署名があるからだそうです。
 そしてイギリスを含む多くの欧米諸国の情報機関やIAEAも、この文書を入手していることが報じられたそうなのです。
 その文書は中性子源開発の4ヵ年計画に関するものであって、2007年初頭に作成されたものであるとのこと。同紙は中性子源には核爆弾以外には使い道がなく、それでイランが秘密裏に進める核兵器開発の有力な証拠が明らかになったと報じたのでありました。

 いよいよイスラエルは動き出そうとするのでしょうか。
 しかし、それがやがての第五次中東戦争の勃発となり、最初にイスラエルが次々に勝利を収めていっても、イランはやがて報復に転じることは予測できます。また、同じイスラム、シーア派のテロリストたちも時機到来と行動を開始してくると思われるのです。

 当然、今日本で起きている問題もそのような観点を含みながら考える必要があるようです。

 それで以下にNWB紙の情報をお伝えさせていただきます。

 『 ・・・対イラン攻撃を前にして。日本を取り巻く問題について述べておこう。ひとつは政治的なことにおいて、もうひとつは経済的なことにおいてである。

 その第一である政治的なこととは何であろうか。12月15日。天皇は皇居「竹の間」で、中国の習近平国家副主席と会見した。
 習副主席は予定よりも10分早い午前10時35分に、宮殿の玄関「南車寄」に到着した。国家元首ではないため。天皇ではなく宮内庁の式部官長が出迎える予定であったが、習副主席の到着が早まったことで、急きょ式部副長が対応したのであった。
 天皇がこの習近平副主席に会うかどうかで、多くの懸念が日本中に広がった。そして結果的に異例ずくめの中、天皇が習近平国家副主席と会見したのである。

 天皇と外国賓客の会見については、外務省が1ヵ月以上前に宮内庁に要請する「1ヵ月ルール」があるが、今回の会見は、通常の手続きを経ず、鳩山首相の指示で特例として実現したのであった。また宮内庁長官が「国の大小や政治的重要性で、差をつけずになさってきた陛下の国際親善のあり方にもかかわる」との懸念を表明したのであった。

 このような異例ずくめの天皇の会見は、いかなる人物にして、いかなる権力によって実現することになったのであろうか。
 それは読者諸氏もすでにご存じのとおり、民主党の小沢一郎幹事長の要請であり、鳩山首相がそれを受けて、官房長官をして宮内庁に圧力をかけたのである。宮内庁ははじめ今までになかった要請であるため断った。しかし、小沢幹事長はそれを押し切って、遂に実現させたのである。

 なぜそこまで小沢氏は天皇会見を実現させようとしたのであろうか。おそらく日本の将来を考える時に、「東アジア共同体」が囁かれている中、それを実現させるためにも、絶対に日本と中国の結びつきが必要であると思ったのであろう。
 イルミナティ・フリーメーソンもまた東アジア共同体を作るように圧力をかけている。それゆえに鳩山由紀夫首相が就任して以来、ずっと言い続けてきているのはその共同体の実現である。まず、日本、中国、そして韓国に自由貿易体制を作ろうという声がすでに現れてきている。その中で、中国経済の成長力は驚くばかりのものであり、世界全体をリードしていくかに見える。そしてその中国と日本が結び付く。すなわち中国に日本の技術を提供することで、さらなる発展が起き、東アジア共同体が勢いを増して実現していくととらえているわけである。

 しかし、この政治的な動きが進んで行こうとも、イスラエルによる対イラン攻撃が起きたならば、どうなるであろうか。中国経済が今後ますます成長し、世界をリードしていくという信仰にも似た思いを全世界も、そして小沢率いる民主党も抱いているが、それが完全に崩壊するのである。

 中国はイランにおいてことが起きないようにと、今まで多くの配慮を行ってきた。そしてイランが欧米諸国からウラン濃縮問題で圧力をかけられればかけられるほど、中国はイランの背後にあってイランを支え続けてきたのであった。
 しかし今日、中国がこのままイランを支えることは難しくなってきている。それはイランが自己主張を強くし、イランは欧米諸国からいかなる非難を受けようとも、絶対にそれを拒否するという態度にすでになっているがゆえである。このまま中国がイランの背後に付き続けるならば、すなわちイランに味方することになるならば、中国こそが欧米諸国から、あるいは世界全体から非難を受けざるを得ないという状況になってしまうからである。

 中国はイランを支えることを諦めた。しかしそのこと自体が、イスラエルの対イラン攻撃を起こし得る状況を作っている。
 そしてそれが現実に起き得るならば、中国経済が止まってしまうのである。加えて中国は共産主義体制である。すなわち一部の人々しか政治に参加することができない。多くの人々は欲求不満の中に置かれ、また政府批判も密かに行っている状況である。中国はその意味で、内部で大きな問題を含んでいる。いつ中国は政治的な不満から爆発が起きないとも限らないのである。第二の天安門事件が起きないとも限らない。

 このような中国経済、すなわち中国共産党政府にとって最大の命題は、何と言っても経済成長である。世界が注目するだけではなく、中国国内から不平不満が爆発しないために、それが絶対的に必要なのである。
 しかし、イラン攻撃が起き、石油が中国に思い通り入ってこないという事態が起き、さらにはそれまでとは考えられないほどの石油価格暴騰が起きるならば、中国国内ではほば間違いなく暴動が頻発することだろう。
 すでに中国では毎年、数万件の暴動が起きている。しかし、イラン攻撃による暴動は、それまでの暴動とは比較できないような恐るべきエネルギーに満ちたものとなるであろう。

 小沢氏が、また民主党が期待しているように、はたして中国は経済成長を続けていくと言えるのであろうか。おそらく東アジア共同体は別な形で実現せざるを得ないほどに、中国はその政治的、経済的パワーを落とすだけでではなく、国内が数個の国に分裂していくと思われることで、これは最も憂うべきことである。
 すでにチベットにおいて、また新疆ウイグルにおいて独立の気運が広がっている。中国共産党は今経済的な発展の中、彼らの暴動を抑えている。しかし、抑えることができないだけではなく、各地域の軍事力を持った地域の指導者たちが、自らの国家の独立を宣言する事態が起き得ると考えられる。
 言葉を換えれば、中国の共産主義体制は崩壊する。共産党による一党独裁体制が崩壊するのである。
 
 小沢氏の考えていることは、今ある中国共産党がいつまでも続き、その指導の下に、奇蹟的な経済成長がいつまでも続いていくということであろう。
 
 イラン攻撃は近づいている。今回イギリスの「ザ・タイムズ」紙が暴露した情報は、欧米諸国、イスラエルもすでに共有していることである。イスラエルによる対イラン攻撃は、完全に大義名分ができているし、そのことが実行に移されることは非常に近いのでないであろうか。
 オバマが指導するアメリカはイスラエルに肩入れし過ぎている。したがってその大きな戦争が始まった時、アメリカは仲介者の役割を果たすことができなくなる。第五次中東戦争は想像以上に長く続き、世界に広がる波紋も、大きなうねりとなって全世界を覆い尽くしていくのではないか。
 二大勢力はそのことを計画し、世界統一政府樹立を宣言するに至るであろう。人口削減もその中において実現し、食糧、水、あらゆるものが不足していく。しかし、これら二大勢力にとっては、それは計画通りのことであり、彼らによる世界支配は実現することになる。そのスタートが来年2010年からととらえるべきであろう。

 先の小沢氏の天皇特例会見の実現を見て、外務省の幹部のひとりは「日本の民主党政権は亡国政権である。小沢氏の意向が背後にあるのは明らかである。」と言い切った。外交当局が時の政権を「亡国政権」とまで形容したのは、まさに極めて異例と言わなければならない。
 しかし、「天皇の政治利用」に当たるとして、懸念を表明した宮内庁長官に対し、小沢氏は「内閣の一部局の一役人が、内閣の方針にどうだこうだと言うなら、辞表を提出した後に言うべきである」と述べて、辞任を要求したのであった。特例の会見問題による閣内の不協和音は拡大しつつあり、宮内庁長官の進退問題にも発展する可能性も出てきている。
 
 小沢氏は記者会見を行い、1ヵ月前までの正式要請が必要な通常のルールについて、「誰が作ったのか、法律で作ったわけでもない。国事行為は[内閣の助言と承認]で行われるのが憲法の本旨である。それを政治利用というならば、天皇は何もできない」と政治利用ではないと語気を強めて述べたのである。
 小沢氏はますます傲慢になり、ますます自らのビジョン実現のために政治を行なっているかに見える。
 これに対して、ルールは天皇の体調に配慮したものなるがゆえであると宮内庁は説明したが、小沢氏は「陛下の体調がすぐれないならば、優位性の低い行事をお休みになればいい」と言った他、「天皇ご自身に聞いてみたら、手違いで遅れたかもしれないが会いましょうと、必ずおっしゃるに違いないと思う」とまで述べたのである。
 宮内庁が会見の申し込みに対していったんは断ったが、最も熱心になってその実現を図ろうとしたのは小沢氏であるが、同時に、駐日中国大使館を中心とした中国側の巻き返しも激しかったのである。政府・民主党だけではなく、野党・自民党の中曽根康弘氏ら、中国とパイプの太い政治家らにもなりふり構わず働きかけた。
 日本が一度断れば中国は必死に動いてくることはわかっていたことである。にもかかわらず鳩山政権は、中国側の動きに動揺してしまったと言えるであろう。
 
 中曽根康弘氏ら、自民党の政治家は「われわれが[ルール破りは駄目です]と説明したら理解してくれたが、民主党側はまるで中国の走狗となった」と述べたのである。

 実は憲法7条の「内閣の助言と承認」を経て、国事行為が天皇によって行われるという内容は、外国関係では外交文書を認証すること、また外国大使や公使に儀礼的に面会することはあるが、外国要人との会見は含まれていないのである。まさに小沢氏の知識不足がなお大きな波紋を広げていった。言葉を換えれば、小沢氏が自らしたいこと、自らが言いたいこと、そして中国副主席をバックアップしたいことが突出してしまったのである。
 小沢氏が何と言おうとも、これは天皇を政治利用したことになるのは明らかであろう。
 
 しかし、先にも述べたように、イスラエルによるイラン攻撃は近づいている。そして考えられないほど石油価格の暴騰が起きようとしているし、石油の流れがある期間ストップする可能性も起き得るのである。
 中国経済は崩壊し、中国国内における暴動は、今まで誰も想像することのなかったほどの勢いを増すであろう。


 本当の政治は自らの熱心さを暴露する前に、やがて次に起きることをも冷静に分析し、かつそれを活かしていくべきものであろう。 」    』


 つづく

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冬至の長い夜に・・・

急に襲った寒波も過ぎ去り、今日は穏やかな一日となりました。

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鈴鹿山脈は雪化粧、田んぼの雪は解けましたが、花畑の影にはまだ雪が残っています。

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そんな中、本日は冬至を迎え2009年も残すところ一週間あまりとなりました。

そして、来年ははたして如何なる年となるのだろうか・・・・。

 以下はある情報研究所から頂いたお手紙です。
 
 『 いよいよ2010年が到来します。おそらく激動激変の時代と思われます。
 師走の騒々しい中、特に12月15日付けの朝刊各紙には、第一面で大々的に、天皇の中国国家副主席・習近平との「特例」会見が、「天皇の政治利用」につながるかどうかが論じられていました。
 加えてその翌日の16日、民主党は衆議院選で掲げたマニフェストの大幅な軌道修正を政府に求めました。政権奪取前は楽観視してきた財源が見つからず、公約の実現が困難と判断されたためです。
 2010年、日本はEUの政治統合の後、「ユダヤ戦略」とフリーメーソンにより、いかなる進路をとらしめられるのでしょうか。
 一方、世界を揺るがすであろうイラン情勢も激しく動き出しました。
 イラン革命の指導者、故ホメイニの肖像画が燃やされた事件が背景にあるからです。イランは完全に分裂状態になってまいりました。このことがきっかけとなって、イスラエルによるイラン攻撃が起き、第五次中東戦争へと拡大するのでしょうか。
 同じイランで12月16日、射程距離2000キロの最新型ミサイルの試射が行われ、目標に到着致しました。イスラエルやアラブ諸国の大半を射程内に収め得ることが判明したのです。・・・ 』

 『先日、福岡で国際時事講演会をさせていただきました。そして同じ頃、ある企業で聖書講義第4弾を開催致しました。
 ・・・
 福岡での国際時事講演会には、九州各地から多くの方々がお集まりくださいました。師走の中、小雨まじりの日曜日でございました。
 国際時事講演会で、「あの太平洋戦争の目的は何であったのか」をメッセージ致しました。すべての虚飾、すなわち大義名分などを取り去ると、「アジア諸国から金塊を奪取する」ことが目的であったことがわかります。
 あの太平洋戦争で日本人も、またアジア各地の多くの人々も死にました。傷を受けた人々はなお多かったのです。しかし、すべてその真相は隠されてきました。しかし、メッセージにおいて、隠された「金塊」を取り上げ、戦後の不思議な日本の復興パワー、そしてこれからの日本についてのある部分などを明らかに致しました。
 国際時事講演会でありますがゆえに、イラン問題など多くのことを取り上げましたが、過去の「太平洋戦争とは何だったのか」にも焦点をあてた興味深い内容です。
 さらに聖書講義・第4弾「ユダヤの裁判、イエスに何を見たか」の内容は、今も続くユダヤ民族のイエスに対する反発についてです。2000年経った今も、なぜユダヤ民族はイエスを憎悪し続けるのでしょうか。イエスとはいったい何だったのでしょう・・・イエスは十字架刑を前にしても前進に次ぐ前進でした。
 その心境は何か、そしてイエス生誕800年前に書かれた旧約聖書・イザヤ書の預言を引用しつつ、その心境に迫るメッセージを致しました。
 このメッセージはユダヤ戦略によるこれからの世界情勢の裏側を読むために、大いにご参考にしていただけるものと思います。
 激動激変が予想される2010年、日本及び世界の情勢の底流を見極めつつ、未来へ向って進みたく存じます。』




 2012年の冬至まで、残り3年・・・・・。
 マヤ暦の終わり・・・。
 ・・・しかし冬至を過ぎると昼の時間は次第に長くなりやがて頂点の夏至に至ります。 そして夏至の日、その日は伊勢の夫婦岩の間から朝日が昇る日であります。そしてその光のラインは四国剣山と千葉鋸山を結ぶ日です。
 徳島と千葉は阿波と安房。これはかつて預言者イザヤが契約の箱を携えて淡路島から阿波へと渡った古代ユダヤのルーツのひとつ。
 また伊勢の度会郡には蘇民将来という渡来人の伝説があるそうです。
 さらに宗教家岡田茂吉は昭和6年夏至の日に千葉の鋸山で祝詞を奏上し、東天から昇る朝日と共に「夜昼転換」の啓示を受けました。 
 
 夏至は昼が一年で最も長く、冬至は一年で最も夜が長い日でもあります。 
 そして、冬至のその次の日が現天皇陛下のご生誕であること、また一・八・十・成ると書く元号の不思議さや日の丸、東方の国等など、今年もまたそのような日本の不思議を考えさせられた次第でした。
 

 参考
 天皇の金塊
 http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E9%87%91%E5%A1%8A-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E4%BA%94%E9%83%8E/dp/4054036007


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冬本番

やっと当地も冬らしい季節になってきました。
 鈴鹿山脈もうっすらと雪化粧、寒い朝を迎えました。

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新しくお借りした畑の周りの整備もほぼ終わり、今は最後に残った土手にチップを敷き詰めています。
 当時の状態を思うとホントにさっぱりとした畑になりました。
 
 ばら蒔きの麦も10cmほど伸びてきています。

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来年春にはこの麦を鋤き込んでじゃがいもをまず植えようと思っていますが、土手側にはカボチャを植えて土手カボチャを作ってみようとも思っています。

 今年も残すところ二週間余り、めっきり寒くはなりましたが、昨日、春キャベツの苗を植えた後、上にチップを敷いていると、膝をついたところからチップの温かみが伝わってくるのです。
 それで寒さをしのぐことができました。

 また旬の自家野菜を毎日食べているせいか、風邪とは無縁の生活を送ることもできています。
 
 今年一年の感謝を込めるにはまだ少し早いかもしれませんが、なんとか元気で過ごせたこと、大地の恵みに感謝してます。

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(チップ屋さん)

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酵素ドリンク・初めての仕込み

今日は隣のおかあちゃんとその知人と三人で酵素ドリンクを仕込みました。

 仕込みは4種類でみかん・かりん・金柑・タンポポです。

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(タンポポ)

 今回の仕込みはレーベン水を使って仕込むのですが、まずは材料を1時間ほど、レーベン水に浸けこみます。

 そのあと材料を醗酵させる容器に入れ、そこへ少量のクエン酸と塩、そして砂糖を混ぜて容器が一杯になるまでレーベン水を注ぎます。

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(左からかりん・金柑・みかんです)

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(タンポポ)

仕込みは以上で終わりです。
 あとは醗酵状態を見て、適宜にガス抜きや攪拌を行い、醗酵がある程度完了したら、中の具材を除いてペットボトルに移し変えます。

 今回はみかんの皮が萎びていたので、仕込には使いませんでしたが、おそらく皮ごとのほうがいいのではないかと思います。
 それで金柑はそのまま仕込みました。
 また、かりんは皮が汚れていたので適当に切りました。そして、タンポポは根と葉を中心に少し花も入れてみました。

 以上、醗酵が始まったらまた報告致します。

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巨人の出現  EU政治統合  2 (NWV・ニューワールドビュー)より

『 世界政府出現への道程

 2010年、いかなることが起きるであろうか。EU大統領はそれに対していかなる指導力を発揮するであろうか。
 今まで抑えられていたものが、すなわち人工的に世界全体を揺さぶるために用意されていたものが、次々に解き放たれることになるであろう。

 2010年に何が起きるか。おそらくまず第一に、昨年9月15日から始まった世界大恐慌は、その仕掛けられた真実な姿を現すことになるであろう。
 ますます不況が激しくなり、世界各国で暴動が起き、内乱が発生するであろう。そのすべての原因は経済的不況であり、食べられなくなった多くの国民が不平不満の中、立ち上がるのである。
 そのことは世界各国で起きる戦争が引き金となるであろう。
 豊かな国がその豊かさのままであることは許されない。所得格差が生じている中、低レベルの中に置かれていた国家はあらゆることにおいて不平不満を口にするようになり、そして遂に世界的な反乱が起きるのである。
 そのスタートはイスラエルのイラン攻撃になるかもしれない。しかし、いったんそのようなことが起きるならば、イランと共に多くのイスラム諸国、さらに低開発国もまた立ち上がることになるであろう。アメリカやそしてヨーロッパ各地で次々にテロが発生していくものと思われる。
 そのような中、平和が取り上げられ、戦争の渦が世界を覆うことになるであろう。
 そして私たちは今ある平和の状態を、その時に振り返っても、とても想像することができなくなるであろう。
 各国家の機能は失われ、国際連合もその無力をさらけ出さざるを得なくなるであろう。
 そのような世界全体の混乱、また世界全体の無秩序の中、人々は何を頼りにするのであろうか。結局はEU大統領ということになるであろう。なぜならば、もはやその時、アメリカは世界に対する統治能力を持っていないだろうし、先にも述べたように共産主義体制の中国が信用されることもあり得ないからである。
 長い歴史を持ち、古代ローマ帝国をそのベースとするEUが、世界政府のような役割を演じることになるであろう。EU大統領はますます活躍し、ますます多くの平和を作ることによって、人々からかつてのローマ帝国のカイザルのように尊敬を獲得していくことになる。

 新型インフルエンザは細菌兵器

 戦争が各地で勃発するということは「飢饉」が世界的な規模で広がることになる。
 アフリカやアジアの一部地域において、人々は食べることができないという状況に入っていくであろう。食料が足りない、水が足りない、そして無秩序・・・あたかも野火のごとくに争いが世界全体に広がっていく。
 私たちは今は何不自由なく食物を腹いっぱいに食べることができている。
 しかし、私たちは、有事に備えて食料を備蓄しておかなければならない。スーパーマーケットなどに頼るわけにはいかない。
 生命あってこそあらゆる活動をすることができる。また食料があってこそ、私たちは最低限落ち着いた生活ができるのである。
 
 アメリカでは密かに多くの人々が、迫り来る世界的な飢饉に対しての準備を始めている。
 確かにアメリカは世界の穀倉地帯である。アメリカの中西部で作られる食糧が世界に供給されている。しかし、そのアメリカで、この食糧供給がいつまでも続くものではないと気づき出している人々がいる。

 今あるうちにやがて起きることを見通して、少なくとも食料は多く備蓄しておかなければならない。
 そのような飢饉の中、食べられない人々は次々に餓死せざるを得なくなるであろう。そのことはいっそう世界全体に反動と暴動を起こさしめることになる。
 食糧価格は高騰し、飲む水にもこと欠くようになるかもしれない。しかし、今ならばすべてのものを備蓄することができる。
 人間が生活するための最低の条件は衣・食・住が保障されているということである。
 私たちは今ある幸せや安定がいつまでも続くと考えるべきではない。
 
 もう一度述べる。超大国アメリカの足もとが揺れているのである。アメリカ経済はかつてのような活気に満ちたものではなくなっている。はっきり言うならば、私たちの国アメリカが世界に誇ることができるものはただひとつ、それは軍事力なのである。
 しかし、かつての超大国といえども軍事力だけで国民を養うことはできない。今日の軍事力は核兵器や大陸間弾道弾をも含む。そのようなものがはたしてアメリカ国民に幸せを与えることができるのであろうか。
 無用の長物という言葉があるが、今日あるアメリカの恐るべき軍事力はそのものを語っているかのごとくである。

 読者諸氏は覚えていただきたい。2010年、新たなる時代が来る。それはなぜであろうか。EUの政治統合・経済統合の背後で世界政府を打ち立てようとする者たちがその計画を実行に移していくからである。
 彼らはダムを決壊させるのである。それがEU大統領の登場であり、世界各地で起きる戦争であり、さらには飢饉なのである。
 加えて新型インフルエンザもまた本格的に策動するかもしれない。もうすでに弱毒性から強毒性に移行する装置がつけられているのかもしれない。
 新型インフルエンザのスタートはメキシコであった。メキシコの人々の多くもまた黄色人種である。そして黄色人種の地域をなぞるようにして、新型インフルエンザの患者たちが増え、かつそれによる死亡者が増大してきているのである。
 これが本格化する時、世界中の国々、世界中の民族が、EU大統領に救いを求めることになるであろう。
 まもなく12月1日にリスボン条約が発効する。それと共に、EU大統領、EU外務大臣があたかも古代ローマ帝国の復活のような権力を獲得することになる。11月19日にEU大統領として選出されたファンロンバイなる人物は確かに大人しく静かで、謙虚であると評されている。しかし、そのうちに彼は誰も想像することができないほどの権力を集中させることになる。
 世界政府を打ち立てようとする者たちの念願は、ひとりの人物によって世界政府が打ち立てられ、世界政府によって世界統治が完了することである。

 米国失業者数、1600万人

 どれほど多くの死者が出るであろうか。想像することもできない。おそらく10億人以上の人々が死亡するものと考えられる。
 ある人々は新型インフルエンザによって、またある人々は戦争によって、またある人々は飢饉によって生命を落としていくことになる。

 世界支配のグループのメンバーのひとりがヘンリー・キッシンジャーである。彼はユダヤ人にしてアメリカ国務長官という地位を獲得した人物であった。
 そのキッシンジャーが「人類は今や70億人に増えているが、適切と思われる人口は10億人あまりとすべきであろう」と述べたことが伝わっている。
 第一次世界大戦で多くの人々の生命が奪われた。その時点では、その時代に人々は想像もできないほどの落胆を体験した。
 しかし、第二次世界大戦で出た死者はさらに多かった。そしてその終結の時には、広島と長崎に原子爆弾が投下されたのである。

 今日、その当時では考えられないほど多くの核兵器が造られ、化学兵器も生物兵器も造られている。
 これらのものは大陸間を越えて、ICBMなどによって運ばれて行く。運搬手段がすでに完成しているのである。
 私たちはこのような時代に生きている。はたしてEUは、そしてEU大統領は先ほど述べたようなルートをたどっていくことになるのか。

 先を知っておればいかなる時代をも乗り越えることができる。アメリカから遠慮会釈なきメッセージを書かせていただいた。
 昨年9月15日にリーマン。ショックが世界を覆っていった。しかし、その時点でどれほどの人々が今日の世界を想像することができたのであろうか。もちろん一部の企業などでは業績が回復していると言われている。しかし、世界全体としてはまだまだ失業者が溢れているし、これからなお多くの失業者が出てくるはずである。
 アメリカではすでに1600万人が失業しているのである。まさに前代未聞の失業者と言っても過言ではないであろう。
 アメリカ国内ではやがて内乱が起きるであろう。なぜならばアメリカ国民ひとりひとりが銃を持っているがゆえである。自分の身体、自分の家族は自分の力で守らなければならないのである。
 何かで火が点けられる時、アメリカではあたかも枯れ草に火が点じられるような勢いで、戦いの火ぶたが切られることになるであろう。
 黒人は白人に対する憎しみを爆発させ、白人はそれに対して応戦することになるであろう。その間にあって、ヒスパニック系の人々もまた自分たちの不満を爆発させるであろう。
 アメリカは世界の縮図である。そしてアメリカでやがて起きることが世界の未来の姿である。
 
 聞くところによると、アメリカの砂漠地域ですでに多くの強制収容所が建設されているとのことである。
 このようなことをも念頭に入れつつ、来るべき2010年、そしてすでに完成したEUとEU大統領をとらえていただきたい。
 はたして人類はこのまま幸せを獲得するのか、それとも一部の思い上がった者たちの計画が炸裂して、奈落の底に落ちていくのか。 』

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巨人の出現  EU政治統合  1 (NWVより)

以下はアメリカの元CIAの関係者が述べられた論文です。

 『  私たちの国アメリカは、数十年前には考えることのできないほどに国力が落ちてきているのである。そのことを最も象徴しているのがアメリカの通貨ドルの下落であろう。

 外国為替市場で米ドルの独歩安が続いている。アメリカ金融当局の超低金利政策や、国債の増発に伴う財政悪化が「ドル離れ」の背景にあるものと思われる。そして資金は経済状況が良好である資源国通貨に向っていっている。

 オバマ大統領が就任してまもなく1年が過ぎようとしている。しかし、ここでかつて述べたように、彼は具体的にアメリカ国内において何もしていないのである。
 しかし、彼が演説をする時、内容も素晴らしく、聴く者にゆったりとした気分を与え、実に模範的であることは確かである。
 しかし、オバマは現実には何も行っていない。現に私たちアメリカ人の生活が豊かになっているわけではない。
 オバマは指導者としていったい何をしようとしているのか。
 彼は何もできないのか。それともアメリカにおける実際的パワーを持った者たちからの圧力を受けているのか。

 通貨ユーロへの信頼

 主要通貨に対する米ドルの価値を示す名目実効レート(1973年3月=100)は今や約73となり、年初比で7%下落した。過去最低であった2008年3月の69台に近づいている。
 一方、米ドルとは異なり、上昇が目立つ通貨は資源国の通貨である。例えばブラジルのレアルとオーストラリア・ドルの米ドルに対する上昇率は、年初来で30%を超えるのである。市場では低金利の米ドルを調達して、高金利通貨に投資するドルキャリー取引が活発である。アジア通貨は当局の介入などで上昇幅が抑えられているものの、韓国ウォンの上昇率は9%であり、インドネシア・ルピアは15%に達しているのである。
 通貨の価値はその国家の体力と言っても過言ではない。いかに私たちの国アメリカの体力が衰退に向っているかがわかるのである。
 それに対してユーロは年初来で7%も上昇した。米ドルに次ぐ取引規模を持つため、逃避資金の受け皿になりやすくなっている。政策金利もアメリカよりも高いのである。
 ユーロを発行するEU(EU27ヵ国の中で19ヵ国がユーロに加盟している)が、遂にリスボン条約を可決した。そして批准が完成したのである。
 リスボン条約という名前ではあるが、実質EU(ヨーロッパ連合)憲法である。なぜならば各国の憲法と矛盾したようなことが起きる場合には、リスボン条約の内容が優先されるという規定が定められているからである。各国家主権よりもEUの条約の方が優先されるというわけである。

 10月2日、アイルランドはこのEU憲法たるリスボン条約を通過させた。そして11月3日には、チェコが国内の憲法裁判所判決として合憲であるという結果を発表した。そしてチェコの大統領はただちにリスボン条約を受け入れることを表明した。
 このような法律的な基礎ができた後、遂にEU大統領が選出されたのである。EUは11月19日の臨時首脳会議で初代大統領(首脳会議の常任議長)にファンロンバイ・ベルギー首相を選出した。人口5億人を抱える欧州統合の深化と拡大は正念場を迎えることとなった。
 これでEUは27ヵ国の加盟国があたかもひとつの国のように行動することになる。そのためにはどうしても政治統合、経済統合が必要であると言われてきた。経済統合はすでにマーストリヒト条約において完成していたのである。人間の身体で言えばあと頭脳の完成が遅れていたということになる。では頭脳の完成とは何か、それはEU27ヵ国の政治統合である。
 今回のリスボン条約が全加盟国において批准されたということは、EUの上に頭脳が乗り、頭脳がすべての国々に指示を与えると共に、EU全体がまとまって対外的に行動を開始することになったということである。
 このようなことは人類歴史の中で起きたことはなかったのである。

 今後もEUはますます拡大していくであろう。そのEU内部には異なる民族が多く加わることになるが、それも吸収していく。そしてEU全体の地域を広げていくのである。
 かくしてEUは私たちの国アメリカが衰退していく中、世界を指導していくことになるであろう。

 EUはすでに人口においてアメリカの倍を超えた、したがって2010年には、EUの経済はますます経済大国アメリカを凌駕していくことになる。
 世界はEUを中心として展開していくと言っても過言ではないであろう。その意味で、まもなく訪れる2010年は、今までとはまったく違った時代の始まりともなる。
 もちろんEUの内部にも多くの問題が生じてくるであろう。このEUのスタートはヨーロッパ石炭鉄鋼共同体であった。それは1951年に締結された。
 1951年といえば、そのわずか6年前に第二次世界大戦が終結したばかりであった。ドイツは荒廃し、連合国側も経済的にみすぼらしい姿であった。その時、私たちの国アメリカが、多くの資金をヨーロッパに投入したのである。もちろんアメリカもそのことによって経済的に潤うことができたが、何よりも戦争に疲れたヨーロッパ諸国は息を吹き返し、体力を充実させることができたのであった。

 1951年、すなわちヨーロッパ石炭鉄鋼共同体のサインがなされた時、はたして今日見るEUの姿を、誰が想像することができたであろうか。
 これはあたかも古代ローマ帝国の復活のように思えてくる。
 ローマ帝国はヨーロッパばかりではなく、中東、そして北アフリカもその版図に加えていった。そしてそれぞれの民族が、またそれぞれの民族の宗教が、そしてそれぞれの民族の伝統や文化がどうあろうとも、それを上から、あたかも網をかぶせるようにして支配していったのであった。
 私たち欧米人の心の中には、常に古代ローマ帝国に対する憧れがあることは事実である。
 2010年、EUはその古代ローマ帝国の歩みを再現させることになるのか。

 EU背後の演出者

 EU大統領は今後どのような行動を開始するであろうか。
 かつてEUの背後、すなわちEUが拡大していく中、その背後を動かしている勢力について述べたことがあった。彼らはフリーメーソンと言われるグループであって、国家を超え、民族を超え、世界支配を企てている。
 彼らは自分たちの知恵によって世界政府を樹立しようとしているのである。決して彼らは何かを儲けようとか、また自分たちの名声を得ようとしているものでもない。自分たちが優れた知恵の持ち主であって、自分たちエリートこそが世界を統治してやらなければ、世界は崩壊してしまうという恐るべき傲慢な心を持っているのである。
 このフリーメーソンの背後にはユダヤがいる。そのユダヤの姿を私たちは目にすることはできない。ただ見えているのはロスチャイルド家である。しかし、姿を現さないユダヤ勢力の単なる一端がロスチャイルド家に過ぎないのである。
 姿を見せないユダヤはどのようなことを目論んでいるのであろうか。彼らの思いは再び迫害されたくないということ、そして自分たちは選民であるがゆえに、世界支配をしなければならない義務があると考えている。

 フリーメーソンとユダヤが一体となって世界を統治しようとしている。したがってEUの政治統合の背後に、彼らがいることを覚えなければならない。すなわちEUによる政治統合、経済統合は偶然に起きたのではなく、彼らの意思が、あるいは彼らの目的がその背後に働きつづけてきたのである。
 ではこのような前提に立って、EU大統領はどのような行動を開始するのであろうか。EU大統領を支える法律的地盤はすでに完成している。それはEU憲法とでも言うべきリスボン条約である。そしてEU大統領は12月1日から実際的にリスボン条約を実行に移して行くことになる。
 アメリカは衰退して行き、中国といえども期待されるほどの力があるとは考えにくい。なにより共産主義体制であることを忘れてはならない。また多くの人口を抱えているインドも、それほどに政治的な力があるわけではない。
 さらにロシアは確かに広い領土があり、多くの地下資源がある。だからといってアメリカをはじめとするいかなる国からも信用されているわけではない。
 世界的な規模で大きな変化が起きる。いやその変化は計画的に起されて行くと思えばよい。
 EU大統領はその大混乱の中、それらを統治し、ものの見事に見せかけの平和を作り出すことになるであろう。世界中の人々がEU大統領の名を呼び、EU大統領の見事な政治的手腕に対して感謝の声を上げることであろう。
 
 実は古代ローマ帝国のカイザルは初めから力を持ってあの広いローマ帝国を治めたのではない。カイザルがあらゆる地域の問題を解決し、民族間の和平を作っていけばいくほど、各地域から感謝の言葉、称賛の言葉が上がったのである。
 ローマ帝国の支配の中に入った国家や民族は、単に感謝を捧げるだけでは満ち足りないとして、あらゆるものを贈り、なかでも彼らはカイザルに対して香を焚いたのである。
 あたかもローマ帝国のカイザルは神のような立場に立ち、やがて各国、各地域は、人間に過ぎないカイザルを神のように礼拝したのであった。
 ローマ帝国はやがて頂点を迎えて衰退に向かうが、それはこのように神であるかのごとくに崇められたカイザルが、非常に傲慢になってしまった結果なのである。人間の多くの傲慢の姿はいろいろな言葉で表わせるし、人類歴史の至るところで見出すことができる。ある指導者は大きな帝国を造り、ある指導者は歴史的建造物を次々と造り、また荒れ果てた地を農業地域に変えた。何よりもそれまでにはなかった恐るべき軍事力を獲得した者もいた。
 すべては頂点を極めて衰退していく。それは指導者自らの心が高ぶるからである。

 「高ぶる者は退けられ、へりくだる者は栄誉を受ける」

 この昔から言われる格言は誠に正しいものである。古代ローマ帝国のカイザルはそれだけではなく、神として崇められた。そして自分はそのような者であるという、それ以上の傲慢は考えられないというところまで自らを高めたのであった。
 そしてローマ帝国は崩壊していった。

 EU大統領は今後どのようにして政治を行ない、どのように持続していくのであろうか。彼もまたかつての古代ローマ帝国のカイザルのように高ぶった心を抱くようになるならば、結局は谷底へと落下して行かざるを得ないであろう。 』

 つづく

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多民族国家日本 4 (お上にとって危険な作家)

松本清張氏は小説ばかりではなく多くのジャンルを手掛けたが、その中で最も有名なのは「日本の黒い霧」である。
 彼のように小説家にして、現実的な事件、それも政治的な要素を含んだものを明らかにした人物はいないであろう。

 この点を小説家・杉浦明平氏は、次のように述べている。

 「・・・ところで、敗戦後の日本の権力をにぎっていたのは、いうまでもなく、ワンマンの聞こえ高かった吉田茂でも、わが優秀で不死身の官僚組織でもなく、マッカーサー将軍を総司令官とするアメリカ占領軍であった。
 『ゼロの焦点』では占領政治の落としていった悲劇がテーマとして取扱われていて、かつてやむなく売春婦におちたことのある女性をあわれ深く描いているとはいうものの、あの混乱と雑踏と変転をきわめた世界の政治図絵は、とうてい推理小説の狭い枠に納めきれるものではない。
 推理小説どころか、文学の世界全体として、まだそのような巨大な壁画は描かれていないし、描かれるかもしれぬといううわさもまだ耳にしたことがない。
 ということは、あの占領地下の日本に目くるめくように次々に継起した様々な雑多な大事件を、たれか作家がよくとらえ、よく消化して、自己の文字として吐き出すには、まだまだ相当に長い年月の経過を必要とするのだろう。いやそれどころか、どの重大事件についても、わたしたちはどれだけ真実を知っているのか。」

 「そういう意味で、松本清張の『日本の黒い霧』シリーズは、これら一連の怪事件の中にアメリカ占領軍の政策の変動やその謀略を導入したことで、画期的な意味をもっている。もちろんそれだけですべてが一挙に明らかになるというわけではなくとも、曖味模糊、もやもやとしていたことがらの輪郭がほぼ明らかになり、世の中には一般庶民の日常生活の常識では考えられないようなひどいことが起こりうることを教えた。
 また、政治は、政策や選挙だけでなく、外国の黒い力によって左右されるし、公平に治安を守るべき警察や検察庁もまたその力に動かされることが絶無ではないということも教えてくれた。」
 
 「・・・それどころか、米軍が占領をやめて引揚げたが、占領軍の友であり、しばしばその手先をつとめた日本の為政者や治安当局はその謀略のやりかたを学んだのではなかろうか。
 デッチ上げも日本人特有の繊巧さにアメリカ的科学性を加えたのではなかろうか。その徴候がかすかに見えないではない。
 『征服者のダイヤモンド』の末尾で、アメリカに押収された巨大な額のダイヤが現在も謀略の資金になっていてアメリカの謀略がどの辺で、いかなるかたちで行われているか、事件がおこってからでなければわからないと心配しているけれど、資金だけではなく、やりかたを日本の当局が身につけた以上、けちくさいかたちであろうが、いつでも奇怪な事件がおこるおそれがある・・・いやなことだが黒い霧は晴れ渡っていない」

 ここでいう「日本の黒い霧」とは何か。
 松本清張氏は何を取り上げたのか。下山国鉄総裁謀殺事件、白鳥事件、帝銀事件、松川事件、謀略朝鮮戦争、そしてレッド・パージなどであった。

 
 松本清張氏が死去した時、小説家・森村誠一氏は、その追悼文を次のように書いた。
 「作品の質量、影響力もさることながら、清張氏の偉大さはその姿勢にあるとおもう。氏は常に反体制的な姿勢を貫いてきた。作家は体質的に反権力であらねばならない。国民作家として、これほど偉大な貢献をしながら、お上からこれほど無視された作家も少ないだろう。
権力の庇護を受け、お上に迎合した御用作家の御用作品ほどつまらない作品はない。
 面白い小説は本質的に危険性を孕む。つまり氏はお上にとって危険な作家であったのである。お上から顕彰されないことが氏の栄光であり、作家としての本来の姿勢を貫き通したことを意味している。
 清張氏の作品の本質は、時代を投影し、人生と密着し、人間の謎の根源に肉薄し、我々日本人とその国のもつ弱味を焙り出してしまった。だからこそ危険な作家なのであり、その危険性こそ読者が求めていたものであった。」
 ちなみにこの論文は「サンデー毎日」に掲載された。そしてその題は「お上にとって危険な作家だった、松本清張氏」である。


 哲学者・鶴見俊輔氏も「半生の記」を解説して、次のように述べている。
 「小説家として最初の作品を世に送った時、彼は四十歳だった。つとめをやめて、小説に専念することにした時、彼は五十歳に近かった。
 修業時代が長かったというのではない。もともと、彼は、文学者になろうとして修業してきた人ではない。小説の懸賞金が必要だという実人生上の動機が、最初の小説を書くいとぐちとなった。その後百冊に余る著作も小説の名人と人から言われることを必ずしも目的としていないように見える。
 推理小説という様式をえらんだことからも来ているのだろうが、彼の作品は、専門の作家になってからも、彼が自分の人生を生きてゆく必要の中からうまれたものであり、また彼をとりまく社会の問題ととりくむ努力の中から生まれたものである。
 この意味で、彼は、明治以後の小説家の中でめずらしい人ではないかと思う。
 彼は、くりかえし、自分には、文学者たちとの親しい交友がないと書いている。文士生活二十余年の今日も、そうかどうかは、私にはわからないが、もしそうだとすれば、それは、彼の作品にひそんでいる特有のまなざしに由来しているように思える。」

 「彼は、家がまずしいために、小学校以上の学校に行けなかった。給仕をしているころ、もとの同級生が中学校の制服を着て歩いているのに出会うと、思わず物陰に入ってやりすごしたと書いている。印刷工となり、新聞社の広告部員になってからも、学歴のないことはくりかえし彼を上役の人々からへだてて、下積みの人間の中にかくれさせた。
 こうして彼は、後年の彼の小説のカメラ・アングルとなる黒い視点を下積みの仲間と共有することとなり、文学者としての彼のまなざしをこの期間に獲得する。
 だが、学歴なくして自分の才能に確信をもつ人のいくらかがするように、自分の過去をいつわろうとは決してしなかった・・・。
 学歴のないことについてたえず劣等感を感じながらも、彼が、いつもしっかりと立って、学歴にものをいわせる人びとの間でくらしていった力は、何によるものだろうか。」(「松本清張全集」第34巻・解説)

 

 旧約聖書に「血は命である」という言葉がある。
 血こそその人の性格を作り、人格を作り、命を支えるというのである。
 これを医学的な面で述べることもできるであろうが、血統という場合、思想までも受け継いでいるかのごとくに思われる。
 松本清張氏は亡くなった。しかし、彼は血を呼び醒ましたのである。
 古代ユダヤの思いを噴き出させたのである。
 松本清張氏は単なる小説家ではない。「見えざる手」によって支えられ、かつ用いられた人物であった。
 このような視点で日本の過去、そして日本の将来を探ることができる。

 日本のゆくえには何が待っているのであろうか。

(以上、情報誌「エノク」1999年11月号より)



 以上、長くなりましたが、10年前に日本の国家の成り立ちやその構造に触れられた宇野正美氏の論文を紹介しました。
 それから2年後、ニューヨークで起きた911によって世界の流れは急展開となり、今や米国は衰退させられいよいよ舞台はクライマックスに向うようです。
 そのような時代を知る意味において、これらの知らされることのない情報を知ることは、これからさらに展開される日本及び世界の動きに対しての心構えになるものではないかと思いました。
 そして最近、宇野氏は司馬遼太郎氏の事柄に触れられました。
 NHKは体制派と反体制派に分かれていると聞いたことがありますが、その中で来年の大河ドラマで坂本龍馬が取り上げられたということに今の時代に不思議な思いを抱かせてくれます。
 独りよがりかもしれませんが、これは古代ユダヤ人のいる日本においての覚醒の起爆剤になるようにも思います。
 
 そのようなことから、今回の日記を紹介させていただきました。

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多民族国家日本 3 (松本清張、そのエネルギー) 

世界最高権力集団による世界支配も一時期で終わってしまうものと推測される。では、日本で次に何が出てくるのであろうか。


 私たちはその予兆を、小説家・松本清張氏に見ることができる。

 松本清張氏も田中角栄氏と同じように高等小学校卒である。しかし、そのエネルギーたるや、大きな影響を日本人に与えた。両者はいったい何なのであろうか。ひと言葉で言えば血の叫びといっても過言ではないであろう。
 松本清張氏が小説を書き始めたのは四十歳である。それも小説のための小説ではなく、懸賞小説に応募したのである。「西郷札」」がそれであった。
 本格的に文筆家として世に出たのは五十歳を過ぎてからである。そして八十二歳で亡くなるまで彼は猛烈に筆を執った。
 
 松本清張氏の書いたものは推理小説だけではなく、時代小説、歴史小説、自伝、私小説、さらには考古学・古代史のジャンルにも広がっているのである。
 松本清張氏のことを評して、文芸評論家の秋山駿氏は次のように述べた。
 「いったい、頭の内部はどうなっているのかと思う。むろん、どこかの作家だって、短編やエッセイを数えればそんなことをしているかもしれない。しかし、清張のはそれと違う。彼は、恐るべきエネルギーと持続によって、そのジャンルにおいて作品を創造し続けたのである。これは異常といっていいものである。」
 「『昭和三十四年(1959年)五十歳。執筆量の限界をためそうと、積極的に仕事をしたが、その結果腱鞘炎にかかり、やむなく速記に頼ることとなった・・・。このとき連載だけでも七本という驚くべき仕事量。
 昭和三十六年(1961年)五十二歳。杉並区高井戸に自宅を新築し転居。この年度より直木賞選考委員となる・・・。実に十一本の新連載を含む二十五の作品を発表した』
 私などにはとても人間業とは思われない。こんな活動が二十年も、三十年も持続する。だから、清張全集も、第一期があり、続けて第二期があり、今回が第三期で、私の解説するこの巻が第六十六刊目である。こんな作家は、日本の近代文学史上類例がないのではないかと思う。私はささやかな文芸批評ではないかと思う・・・。
 なんというエネルギー! だが、エネルギーはただ放っておけば、作家を量産に奔走させ、乱作を強いる。清張文学はどうか?
 私は五年間、この巻に収められている『草の径』を読んで、思わず感嘆、書評を書いた。
 その文体には、日本近代文学の純乎たる正統の血脈が宿っていた。そして、文章に密度があった。密度こそが作家精神の緊張とたるみを測る尺度である。」

 さらに秋山氏は次のようにも述べる。
 「なんという自分の見出したテーマの持続性、何という執拗な探求!
 まさに、『途方もない』作家であった、という他はない。」
 (以上、文藝春秋版「松本清張全集」第六十六巻・解説)

 
 松本清張とは何だったのであろうか。
 以前、彼がヤジロウの血を受け継ぐものであるということをある人から教えられたことがある。
 ヤジロウとは何か。そのことを当誌1999年8月号に詳しく述べた。哲学者・和辻哲郎著「鎖国」にヤジロウのことが次のごとく述べられている。

 「ザビエルに日本伝道の意図を起させたのは、鹿児島人ヤジロウである・・・。ザビエルはこの一人の日本人を通じて、日本民族に対する強い信頼と希望を抱くに至った。
 その意味でヤジロウは十六世紀後半の代表者、日本民族の突端の役目を務めたのである。
 しかし、日本の歴史はこの重大な役目を務めたヤジロウについて何一つ記録していないのである。」

 だからと言って、ヤジロウのことは歴史の彼方に忘れられているのであろうか。
 そうではない。
 実は、ヤジロウが生きていた頃には、ザビエルに代表されるように多くのキリシタンがヨーロッパから日本にやって来ていた。そして彼らの記録が残っている。
 それらの記録を綴り合わせば、ヤジロウなる人物は政治的にも、経済的にも、軍事的にも強力な指導者であったことが分かる。
 そのままでいけば、徳川幕府にとっては目の上のこぶ。叩き潰さなければならない存在だったのであろう。

 ヤジロウは今日では海賊と言われている倭寇を率いていたのである。それゆえに、朝鮮半島、中国、さらにはフィリピンから今日の東南アジア諸国にまで、大きな影響力をもっていた。
 「黄金の日々」と言われるのは、単に商売人が、単に航海士たちがこれらの地域で活躍していたのではなく、指導者がいたのである。
 
 その指導者の名をやヤジロウといった。

 そのヤジロウについては、キリシタンが詳しくローマ法王庁への報告書で述べている。
 ヤジロウの子孫の流れが西郷隆盛たちである。彼らは古代ユダヤの直系、島津氏の配下にして、甲突川の東、すなわち下加治屋町に集結していたのである。
 それこそ長きにわたって、狭い下加治屋町でその血は受け継がれてきたのである。そして、日本が最大の国難、幕末・維新、日清戦争、そして日露戦争の時に、これらヤジロウの子孫が日本を救う活躍をしたのである。
 当時の日本の政治、経済、軍事の指導者たちはすべて、この狭い下加治屋町から出たのである。

 日本のエスタブリッシュメントたちは、ある時は彼らをコントロールし、ある時は彼らに反発したこともあった。幕末・維新のとき、彼らは自分たちの配下の下級公卿を西郷たちに貸し与えたこともあった。
 所詮、日本のエスタブリッシュメントたちは巧みな方法で彼らを操っていたのである。
 大久保利通は完全に彼らに妥協し、新しい明治以後の日本の近代国家建設の青写真を敷いた。しかし、西郷隆盛は死に至るまでヤジロウの子孫であること、その流れとその叫びに忠実に従っていったのである。
 その後も、意識する、しないにかかわらず、二つの流れが日本歴史の中に流れているのである。
 そのことは、はるか大化の改新から今日に至るまで変わっていないことなのである。

 おそらく、松本清張氏は自分がヤジロウの子孫であることに気が付いていなかったかもしれない。しかし、松本清張氏のすべてを追った人物がそのことを指摘したのである。現に、松本清張氏の業績はヤジロウのそれであり、あたかもヤジロウの血がそのままエネルギーとなって、松本清張氏を動かしたかのごとくである。
 松本清張氏の小説の代表作の一つが「砂の器」であろう。
 そこには一人の天才的青年ピアニストが出てくる。しかし、彼に暗い過去がある。そして、彼はその過去を消すために、自分に非常に親切にしてくれた元巡査を殺害するのである。
 これは映画にもなった。映画「砂の器」はすばらしい出来映えであった。もはやあのような映画は作れないとのことである。
 この「砂の器」に限らず、「ゼロの焦点」「点と線」・・・松本清張氏が書いたあらゆるものに一貫したテーマがある。それは「今あなたがたは権力を握り、今あなたがたは多くの財産を持っている。しかし過去はどうであろうか。あなたがたによってどれほど多くの人々が犠牲になり、不幸に陥れられたことであろうか。あなたがたの今ある幸せは、多くの人々の不幸の上に築かれているのである。今ここですべてを明らかにしよう」ということである。

 彼は「人間」を描くために、推理小説という手段を使った。彼のありとあらゆる手段はこのようなテーマによって貫かれているのである。
 まさに日本歴史が無視したヤジロウの叫びそのものではないか。

 もし、ヤジロウという人物に焦点を当てて、今から五百年ほど前の歴史を書き直すならば、日本歴史は全く異なったものとなる。しかし、日本のエスタブリッシュメントにとっては不都合なために、ヤジロウは今も無視され続けているのである。

 明治六年(1873年)、西郷隆盛の「征韓論」なるものがある。
 西郷隆盛はこの戦いに敗れて下野し、鹿児島に帰った。そして明治十年(1877年)、西南の役勃発に至るのである。
 はたして西郷隆盛は征韓論を唱えたのであろうか。誰もが疑問を抱く。
 実は西郷隆盛は自分が血を受け継いでいる人物、すなわちヤジロウの功績を調べるために韓国に行こうとしたのである。
 先にも述べたように、ヤジロウは朝鮮半島全域から中国、そして東南アジア諸国にまでその勢力を張っていたのである。
 西郷隆盛はまず初めに韓国を訪問し、ヤジロウの痕跡を見つけることでそれをアジア全体に広げようとしたのである。「大東亜共栄圏」の本当の意味はここにあったのである。

 ヤジロウの時代、アジアは一つにまとめられていた。この結果を復活させることによって、欧米列強の植民地政策に対抗することができると読んでいたのである。
 しかし、大久保利通たちはこれを阻止し、西郷隆盛の征韓論なるものをねつ造して、彼の願いを無視してしまったのである。
 この意味でも西郷隆盛はすべてのことを知っていたということになる。西郷隆盛の死後、彼の書いたものや多くの手紙類はおそらく焼却されたものと推察される。

つづく

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多民族国家日本・その構造を探る 2

被支配階級として押さえつけられていた者たちがある時は技術で、ある時は財力で、エスタブリッシュメントたちに限りない影響を与えていった。
 エスタブリッシュメントたちはそれを恐れ、先にも述べたように第二次世界大戦敗北という、どさくさの中でそのライバルを叩き落していったのである。
 そして今日の経済構造ができた。

 「フォーリン・アフェアーズ」誌から引用する。
『 マッカーサーは即座に、軍部と内務省を解体したが、そうすることで、結局は大蔵省が埋めることになる権力の真空地帯を作り出してしまったのである。マッカーサーのもう一つの目的だった日本経済の改革もまた、大蔵省に有利に働いた。経済改革の中核的手段は、米国における反独占キャンペーン同様に、日本経済を支配してきた大規模な特殊会社である財閥を解体することだった。財閥の主たる富裕な一族は、大蔵省による経済政策の立案にとっては厄介な存在だったため、この改革もまた大蔵省に有利に機能した。』

 財閥解体とは常に善であると、私たちは学校の教科書で教えられてきた。しかし、次の文を読めば、大蔵省がいかにその敵である財閥をマッカーサーの権威を利用して潰していったかが分かるのである。
 日本人に教えられていない真相がここに述べられているのである。
 
 『米国側の財閥に対する反発は、戦争が終結する前から広く知られており、先を読むことに長けていた大蔵省は、マッカーサーが日本の土を踏んだときには、財閥解体に備えてすでに準備を整えていた。日本が降伏してまだ間もない時期に、大蔵省は財閥解体に対処しようと、彼ら特有の緻密な周到さをもって、昼夜兼行で大量の銀行券を印刷する計画に秘密裏に着手した。なんと彼らは、この計画のために、複数の大手印刷工場さえも押さえていたのである』
 『その後、大蔵省は最後の一撃を加える。彼らは、膨大な量の銀行券を市場に流通させ、周到にハイパー・インフレを引き起こしたのである。その結果、その後の四年間において、円の購買力は95パーセントも低下し、財閥一族が受け取っていた国債も紙切れ同然と化してしまった。』

 この「フォーリン・アフェアーズ」誌は大蔵省の勝利によって財閥が骨抜きにされた要因を述べている。
 そのことを権力闘争と述べているほどである。
 財閥の力が落ちるとともに一部の大手銀行や保険会社は大蔵省の支配下に入っていった。
 『大蔵省は、米国では、連邦準備制度理事会、財務省、連邦預金保険公社(FDIC)、会計検査院、証券取引委員会がそれぞれに分散して担当している領域のすべてを、一手に自らの管轄領域としている。さらに、大蔵省は、その外局である国税庁を通じて日本の税システムも管理している。』

 この機関誌は大蔵省がこの国税庁をも握ることで、どれほどうまく日本の政治家及び経済を動かしているかを述べる。
 『というのも、彼らは、既存の規制を選択的に強制することで、すでに日本社会を支配しているからである。日本の規制は厳密に書かれているが、一方ではその執行はきわめて柔軟に行われる。これを通じて、官僚たちは、ダブル・スタンダードを維持できるのである。彼らはある種の脱税に対しては大目に見るのだが、一方で、彼らがペナルティを与えたいと思う相手には、厳格な税基準を適用する。』

 財閥ではないが、田中角栄氏はエスタブリッシュメントたちにとって本当に恐るべき人物であったに違いない。
 それこそ、田中氏は小学校卒であったのに、東大法学部で固めたような大蔵省に手を突っ込み、大蔵省に異議を唱え、大蔵省を自分の配下に置こうとしたほどなのである。
 ついに、この田中氏もいわゆる金脈暴露によって崩壊させられていく。「文藝春秋」に書かれた立花隆氏の論文がそのスタートであった。
 それらの材料はどこから出たのであろうか。おそらくこの「フォーリン・アフェアーズ」誌が正しいのであれば、大蔵省が雑誌社にそのデータを流し、田中金脈を時至れりとして国民の前に暴露したのであろう。
 
 大蔵省による、すなわちエスタブリッシュメントたちによる、財閥への大いなる一撃は次のように述べられている。
 『さらに大蔵省は、財閥一族の資産の90パーセントをも取り上げるような残酷な富裕税を課した。米国人の目の前で、大蔵省は歴史的とも言える権力闘争を演じてみせたのである。混乱が過ぎ去った後には、産業の支配権はほとんど痛みを伴うこともなく、資本家階級から一部の大手銀行、保険会社へと移動し、そして、彼らは大蔵省によって管理されていたのである。』

 
 では、万全ともいえる日本のエスタブリッシュメントたちの支配、弥生人以後受け継がれ確立しているかに見えるその支配権が今や、いかなる危機、いかなる苦悩に直面しているのであろうか。
 彼らに大いなる敵が現れたのである。それが世界最高権力集団である。

 世界最高権力集団、すなわちヨーロッパにそのヘッドを持ち、全世界を統治しようとする者たちは今や日本にも強力な圧力を加えてきているのである。
 読者諸氏はご存知の通り、この世界最高権力集団はもともとはヨーロッパの王家グループである。彼らが表に出て、その権威があまりにも大いなるがゆえに、多くの権力集団や利益集団がそれにくっついてきているのである。
 アメリカからの流れもある。ロックフェラーのCFR(外交問題評議会)であり、TC(三極委員会)であり、モルガン財閥もそうである。
 ヨーロッパの財閥もそこに連なる。すなわちビルダーバーグである。
 今日、この世界最高権力集団は非常に強力である。政治力、経済力、軍事力・・・、そしてスーパー・コンピューターをその掌中に収めている。

 彼らはかつて世界各地に植民地を持った。それこそが自分たちに都合のいい秩序であったと信じているのである。彼らは愚かにもサタンに従いながら、自分たちこそが神から世界を支配する権限を与えられていると思っているのである。
 この世界最高権力集団は各国家、各民族に強烈なトラブルを与えている。それゆえに「民族は民族に、国は国に敵対する」というイエスの預言通りのトラブルが世界的な規模で起きているのである。
 その波は日本のエスタブリッシュメントたちにも押し寄せている。

 「文藝春秋」(1999年9月特別号)での小沢一郎氏の言葉は、そのことを端的に表している。
 「これはグローバリゼーションの問題でもある。この流れに反感をもつ人達の中には、[グローバリゼーションとはアングロ・サクソン原理の国際化である]と言って批判する人がいる。
 しかし、そんなことを言っても、どうしようもない。世界はそれに基づいて動いているのだから、きちんと対応して克服するしかないのである。」
 さらに、小沢一郎氏は次のようにも述べる。
 「新世紀を迎えようとする日本が平和を維持し、生き残っていくためには、国際社会との協調を図らなければならない。そのためには、国連を中心としたあらゆる活動に積極的に参加していく以外に道はない。その意味で私は、日本が率先して国連常備軍の構想を提案すべきだと思う。兵器・技術の発達により、もはや昔の主権国家論は通用しなくなった。個別的自衛権や集団的自衛権だけで、自国の平和を守ることは不可能である。集団安全保障の概念、すなわち地球規模の警察力によって秩序を維持するしかない。自衛権は歴史的使命を終えて、これから縮小することになる。そして日本は国連常備軍に人的支援と経済力を提供すべきである。」

 では誰が世界政府を支配するのか、誰が国連常備軍なるものをコントロールするのか・・・。
 この点がもっとも重要であるのに、小沢一郎氏は述べていない。知っているのか、知らずにただこれを書いたのか。
 はっきり言えることは今や、小沢一郎氏が述べているような時代なのである。それゆえに日本のエスタブリッシュメントたちは大化の改新以来、最大の世界的規模での試練に直面していることになる。
 日本でもそうであるように世界各国で、この世界最高権力集団との戦い、そして国家間、また民族間の争いが頻発していくものと思われる。


 つづく

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多民族国家日本・その構造を探る 1

 ここで、日本という国家について述べる。
 日本という場合、すべてが平等に運営されているかのごとく見えるが、実はそうではなく二重構造になっている。

 支配階級(エスタブリッシュメント)と被支配階級に分けられている。
 もちろん、建前上は日本は民主主義なるがゆえに、すべてが平等であるかのごとくに思える。しかし、私たちが日頃生活している中でいろいろな問題に突き当たる時、この国にははっきり支配階級なるものが存在していることが体験的に分かるのである。

 そのことは、645年の大和朝廷の統一、大化の改新の時から変わっていないのである。
 はじめ日本にやって来た人々のことを縄文人という。しかし、彼らは単一ではなかった。
 いろいろな地域からいろいろな民族がやって来ていたのである。それゆえに縄文時代の日本は文字通り多民族国家だったのである。
 シベリア、蒙古、朝鮮、中国、ポリネシア、ミクロネシア、東南アジア・・・そして古代ユダヤ人も来ていたのである。

 以前、当誌で述べたように古代ユダヤ人たち、すなわちアブラハム、イサク、ヤコブの血を受けた者たちが三度にわたってこの日本にやって来ていた。
 従って、古代ユダヤの子孫は今日も日本に存在しているわけである。
 日本で混血が進んだのはそれほど古い時代ではなかった。明確にそれが始まったのは明治以後、さらには第二次世界大戦後と考えればよいであろう。
 特に、縄文時代には各民族がそれぞれの地域で話していたのである。当時、人口も少なかったがゆえに各民族は干渉し合うことなく、平和の内に生活することができていたのである。
 これらの縄文人よりももっと早く日本にやって来た者は、もちろんメソポタミアから来たシュメール人である。
 
 一般に縄文土器と言われる土器は日本ばかりか世界中にある。すべてが共通しているのである。それゆえに日本から縄文土器が世界に広がったかのごとくに言う人があるが、そうではない。
 シュメール人こそが日本にも来、その他の地域にも渡って行ったのである。
 従って縄文人、すなわち原日本人の中にはこのシュメール人たちもいたのである。

 その後、(今から約二千年ほど前)、弥生人がやって来た。それは大量に来、かつ彼らは二つの物、一つは武器である鉄器、もう一つは稲作を携えていたのである。
 弥生人たちはどこから来たのであろうか。中国・揚子江流域である。すなわち華中と言われる地域からである。

 今日、華中から二千年前の墓が発掘され、多くの骨が出ている。日本においても弥生人と言われる人々の骨がぞくぞくと出てきている。そして「ミトコンドリアDNA」の分析を行った結果、両者は完全に一致していることが裏付けられるのである。
 いわば、弥生人たちは華中から日本に進駐軍としてやって来たのである。
 彼らの手には強力な武器として鉄器が握られていた。しかし、縄文人たちは、そのような当時の優れた武器を持っていなかった。
 弥生人たちは縄文人たちを次から次へと征服していった。そして完全に服従した者に自分たちに屈服した印として稲作を奨励したのである。
 佐賀県の吉野ヶ里遺跡は、当時の弥生人たちが進駐するための砦として築いていたものであろう。
 このようにして、進駐軍はとしての弥生人たちはやがて日本を次第に一つにまとめていく。
 しかし、完全に縄文人たちが、すなわち多くの民族がすぐにそれに従ったわけではなかった。両者の間になおも戦いがあったであろう。
 しかし、日本国家が一つにまとめられる時がやって来た。これが大和朝廷の統一なのである。

 弥生人たち(華中から来た中国人)は自分たちの力だけで縄文人を従わせることはできない。そこで縄文人たちが作っていた多くの部族国家の中で最も有力なものに目をつけたのである。そしてそのトップ、すなわち首長を国家の首長として位置付けたのである。
 このようにして天皇という立場が築かれた。
 進駐軍である弥生人たちは、巧みなるかな天皇の名においてすべての政治を行なっていったのである。
 今日に至るまでも天皇が直接に政治に携わることはできない。それでいてすべては天皇の名によって推し進められているのである。

 このようにして645年大和朝廷の統一、すなわち大化の改新以降、日本の国家体制は変化していないことが分かるのである。
 
 しかし、時々変化も起きる。

 例えば、平安時代末期には国家の支配階級はゆるんだ、すなわち、京都にいたエスタブリッシュメントたちは自分たちが全国に荘園を持っていたといえども、その荘園を常に巡回していたわけではなかった。中央政治がゆるめば当然、地方もゆるんでいったのである。
 そして、うっ積した地方での不満はついに爆発し、平将門の乱というものが起きたのである。
 決して平将門は一人ではなかっただろう。多くの不満を持った者たちが平将門の乱に乗じて次から次へと乱を起していったものと思われる。
 狼狽した京都のエスタブリッシュメントたちが優秀な軍を送るといっても、被支配階級を使っての軍を遣わして、やっとの思いで平将門の乱を鎮めたのである。
 しかしすでに歪みができ、地割れができていた。
 そして1192年、武家政権の成立となるのである。
 頼朝が鎌倉に幕府を作っても、なお強力な京都の政権は存在していたのである。二つの政権、もっと正確に言えば、京都があっての鎌倉幕府であったことが分かるのである。
 やがて南北朝時代があり、戦国時代に突入していく。
 もし、あの戦国時代がなかったならば、信長はそれまでの古き秩序を破壊することができなかったであろうし、秀吉は政権を握ることはできなかったであろう・・・と言われるが、まさにその通りである。
 被支配階級であった者が地盤変化とともに頭角を現すことができたのである。
 もちろん、京都を中心としたエスタブリッシュメントはこの戦国時代をもっとも恐れ、もっとも動揺したであろう。しかし彼らとても、どうすることもできなかったのである。
 信長、秀吉と続いて家康が江戸に幕府を作る。だからといって、この時も京都の政権が消滅したわけではなかった。

 やがて幕末から明治維新に至る。
 薩摩、長州といえども、やはり天皇を中心としてでき上がっているエスタブリッシュメントたちの政権を崩壊させることはできなかった。それをある時は利用し、ある時はそれに乗せられて、近代日本の建設に入っていったのであった。
 だからといって、エスタブリッシュメントたちは自分たち独自の政治権力を忘れていたのではない。彼らは、常に時あらば自分たちの大和政権を前面に出したいと願っていたのである。
 明治以後、彼らの前に現れた二つの敵がある。すなわち被支配階級にして、その敵となったグループがある。その一つが軍部であり、もう一つが財閥なのである。
 軍隊が強くなればなるほど、エスタブリッシュメントたちは恐れた。
 第二次世界大戦敗北とともに軍部が崩壊することで、エスタブリッシュメントたちは安堵したことであろう。

 もちろん、彼らはそのことのために盛んにアメリカや民主主義という言葉を利用したであろうが、いずれにしろ自分たちを粉砕する被支配階級による軍部は消滅したのであった。
 そえゆえに今に至るまで、マスコミをはじめ学界などで常に軍部は悪である。軍閥が第二次世界大戦へ日本を突入させた・・・、などという論理を展開させる。そして、国民はそれを信じているのである。

 財閥はどうであろうか。
 財閥の代表と言えば三井である。三井は今日の三重県、当時の伊勢・津からスタートした。伊勢商人という言葉があったように、三井の前身も伊勢商人として江戸に出、越後屋を開いたのである。

 越後屋は非常に賢いやり方で商売を成功させ、多くの富を蓄積していった。
 越後屋に限らず、商売によって成功していった被支配階級が多く出たのである。これに大名たちが借金をしなければならなくなっていった。
 江戸時代中期はそれこそ商品経済、貨幣経済が非常な勢いで発展していったのである。
 同じことが幕末においてもそのまま続いた。
 それゆえに明治以降、財閥を作るグループは明治維新以降も財力を持って生き残ることができた。そればかりか近代工業が起こるとともに商売ばかりではなく金融、あらゆる製造業、そして政商としての成功を遂げていったのである。
 しかしエスタブリッシュメントにとってはいかなる時にも、財閥が目の上のこぶであったことには変わりがなかった。


 CFR(ロックフェラー主宰の外交問題評議会)の機関誌「フォーリン・アフェアーズ」はそのことを非常に詳しく述べていたのである。日本人が知らない日本の構造を明確に述べていた。

 ロックフェラーは世界最高権力集団とつながっている。彼らは日本国民が知らない日本の構造を知り抜いていることになる。

 ちなみにこの「フォーリン・アフェアーズ」誌は1995年に発行され、重要文献として取り扱われたのである。

 そして、これを作成した人物はおそらく今日においても、京都でその任務に就いていることであろう。もちろん彼はアングロ・サクソン系である。
 彼の貴重なレポートの中で「大蔵省」(現財務省)という役所が当然出てくる。大蔵省こそが日本のエスタブリッシュメントたちの重要な金庫番なのである。645年の大化の改新以降、まず作られたのが大蔵省であっただろうし、明治維新以降、明治二年にまず作られたのも大蔵省であり、日本銀行であった。

 国家の母体となる明治憲法や帝国議会などは、それより数十年も後に作られているのである。
 それに対して、財閥は被支配階級のものである。従って大蔵省と財閥はどれほど対立し、かつ大蔵省が第二次世界大戦敗北という未曾有の日本国家の動揺の時に、いかに財閥を叩き潰していったかがこの機関誌で述べられているのである。

 この論文は貴重にして驚異のものであると考えるべきであろう。
 三井は明確に古代ユダヤ直系であった。それもイエスをキリストと信ずる古代ユダヤの直系であったのである。
 彼らの先祖は三位一体の神、すなわち父なる神、子なる神、聖霊を明確に信じていた。
 今日のユダヤ教がもっとも目のかたきとするのはこの三位一体の信仰である。すなわち自分たちが十字架につけたイエスが救世主であったということに対して、彼らは最大限の憎悪をするのである。
 しかし、日本に来た古代ユダヤの直系はこの三位一体の神を信じていたのである。すなわち、イエスを十字架につけはしたが、それは救世主であり、かつイエスは復活したと信じていたのである。

 その信仰はずっと受け継がれていた。そして江戸時代の半ば、宗門人別改帳が強い時代に、三井はこれら古代ユダヤの拠点のひとつであった京都、太秦に三本柱の鳥居を作ったのである。享保年間のことであった。
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(東京・向島 もとは三井本家にあったもの)
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(京都・太秦)
  この写真を見ることによって分かるように、彼らは明確に三位一体の神を信じていることを示したのである。
 各鳥居の角度は60度、すなわちどの方向から祈っても、あるいは礼拝しても三方向は一つであることを暗示しているのである。
 毛利家の家紋は三つの丸の下に太い一という字を書く。これこそまさに、三位一体の信仰を表したものなのである。
 三菱は財閥を形成するが、岩崎弥太郎はもともと土佐の人物であった。彼は進駐軍としての山内家の家来の子孫ではなく、四国の覇者・長曾我部の家来の子孫だったのである。
 長曾我部もまた古代ユダヤの直系であった。
 住友と言えば、四国の別子銅山を誰もが思い出す。固い銅鉱石からなぜ銅だけを取り出すことができたのか。このような技術は弥生人に支配された後の日本人の中にはない。すなわち、稲作をする民族には考えつかないことなのである。
 聞くところによると、住友財閥の先祖は蘇我氏にして銅の鋳造技術を持っていたとのことである。おそらく古代ユダヤの直系であろう。

 
 つづく

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