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多民族国家日本 3 (松本清張、そのエネルギー) 

世界最高権力集団による世界支配も一時期で終わってしまうものと推測される。では、日本で次に何が出てくるのであろうか。


 私たちはその予兆を、小説家・松本清張氏に見ることができる。

 松本清張氏も田中角栄氏と同じように高等小学校卒である。しかし、そのエネルギーたるや、大きな影響を日本人に与えた。両者はいったい何なのであろうか。ひと言葉で言えば血の叫びといっても過言ではないであろう。
 松本清張氏が小説を書き始めたのは四十歳である。それも小説のための小説ではなく、懸賞小説に応募したのである。「西郷札」」がそれであった。
 本格的に文筆家として世に出たのは五十歳を過ぎてからである。そして八十二歳で亡くなるまで彼は猛烈に筆を執った。
 
 松本清張氏の書いたものは推理小説だけではなく、時代小説、歴史小説、自伝、私小説、さらには考古学・古代史のジャンルにも広がっているのである。
 松本清張氏のことを評して、文芸評論家の秋山駿氏は次のように述べた。
 「いったい、頭の内部はどうなっているのかと思う。むろん、どこかの作家だって、短編やエッセイを数えればそんなことをしているかもしれない。しかし、清張のはそれと違う。彼は、恐るべきエネルギーと持続によって、そのジャンルにおいて作品を創造し続けたのである。これは異常といっていいものである。」
 「『昭和三十四年(1959年)五十歳。執筆量の限界をためそうと、積極的に仕事をしたが、その結果腱鞘炎にかかり、やむなく速記に頼ることとなった・・・。このとき連載だけでも七本という驚くべき仕事量。
 昭和三十六年(1961年)五十二歳。杉並区高井戸に自宅を新築し転居。この年度より直木賞選考委員となる・・・。実に十一本の新連載を含む二十五の作品を発表した』
 私などにはとても人間業とは思われない。こんな活動が二十年も、三十年も持続する。だから、清張全集も、第一期があり、続けて第二期があり、今回が第三期で、私の解説するこの巻が第六十六刊目である。こんな作家は、日本の近代文学史上類例がないのではないかと思う。私はささやかな文芸批評ではないかと思う・・・。
 なんというエネルギー! だが、エネルギーはただ放っておけば、作家を量産に奔走させ、乱作を強いる。清張文学はどうか?
 私は五年間、この巻に収められている『草の径』を読んで、思わず感嘆、書評を書いた。
 その文体には、日本近代文学の純乎たる正統の血脈が宿っていた。そして、文章に密度があった。密度こそが作家精神の緊張とたるみを測る尺度である。」

 さらに秋山氏は次のようにも述べる。
 「なんという自分の見出したテーマの持続性、何という執拗な探求!
 まさに、『途方もない』作家であった、という他はない。」
 (以上、文藝春秋版「松本清張全集」第六十六巻・解説)

 
 松本清張とは何だったのであろうか。
 以前、彼がヤジロウの血を受け継ぐものであるということをある人から教えられたことがある。
 ヤジロウとは何か。そのことを当誌1999年8月号に詳しく述べた。哲学者・和辻哲郎著「鎖国」にヤジロウのことが次のごとく述べられている。

 「ザビエルに日本伝道の意図を起させたのは、鹿児島人ヤジロウである・・・。ザビエルはこの一人の日本人を通じて、日本民族に対する強い信頼と希望を抱くに至った。
 その意味でヤジロウは十六世紀後半の代表者、日本民族の突端の役目を務めたのである。
 しかし、日本の歴史はこの重大な役目を務めたヤジロウについて何一つ記録していないのである。」

 だからと言って、ヤジロウのことは歴史の彼方に忘れられているのであろうか。
 そうではない。
 実は、ヤジロウが生きていた頃には、ザビエルに代表されるように多くのキリシタンがヨーロッパから日本にやって来ていた。そして彼らの記録が残っている。
 それらの記録を綴り合わせば、ヤジロウなる人物は政治的にも、経済的にも、軍事的にも強力な指導者であったことが分かる。
 そのままでいけば、徳川幕府にとっては目の上のこぶ。叩き潰さなければならない存在だったのであろう。

 ヤジロウは今日では海賊と言われている倭寇を率いていたのである。それゆえに、朝鮮半島、中国、さらにはフィリピンから今日の東南アジア諸国にまで、大きな影響力をもっていた。
 「黄金の日々」と言われるのは、単に商売人が、単に航海士たちがこれらの地域で活躍していたのではなく、指導者がいたのである。
 
 その指導者の名をやヤジロウといった。

 そのヤジロウについては、キリシタンが詳しくローマ法王庁への報告書で述べている。
 ヤジロウの子孫の流れが西郷隆盛たちである。彼らは古代ユダヤの直系、島津氏の配下にして、甲突川の東、すなわち下加治屋町に集結していたのである。
 それこそ長きにわたって、狭い下加治屋町でその血は受け継がれてきたのである。そして、日本が最大の国難、幕末・維新、日清戦争、そして日露戦争の時に、これらヤジロウの子孫が日本を救う活躍をしたのである。
 当時の日本の政治、経済、軍事の指導者たちはすべて、この狭い下加治屋町から出たのである。

 日本のエスタブリッシュメントたちは、ある時は彼らをコントロールし、ある時は彼らに反発したこともあった。幕末・維新のとき、彼らは自分たちの配下の下級公卿を西郷たちに貸し与えたこともあった。
 所詮、日本のエスタブリッシュメントたちは巧みな方法で彼らを操っていたのである。
 大久保利通は完全に彼らに妥協し、新しい明治以後の日本の近代国家建設の青写真を敷いた。しかし、西郷隆盛は死に至るまでヤジロウの子孫であること、その流れとその叫びに忠実に従っていったのである。
 その後も、意識する、しないにかかわらず、二つの流れが日本歴史の中に流れているのである。
 そのことは、はるか大化の改新から今日に至るまで変わっていないことなのである。

 おそらく、松本清張氏は自分がヤジロウの子孫であることに気が付いていなかったかもしれない。しかし、松本清張氏のすべてを追った人物がそのことを指摘したのである。現に、松本清張氏の業績はヤジロウのそれであり、あたかもヤジロウの血がそのままエネルギーとなって、松本清張氏を動かしたかのごとくである。
 松本清張氏の小説の代表作の一つが「砂の器」であろう。
 そこには一人の天才的青年ピアニストが出てくる。しかし、彼に暗い過去がある。そして、彼はその過去を消すために、自分に非常に親切にしてくれた元巡査を殺害するのである。
 これは映画にもなった。映画「砂の器」はすばらしい出来映えであった。もはやあのような映画は作れないとのことである。
 この「砂の器」に限らず、「ゼロの焦点」「点と線」・・・松本清張氏が書いたあらゆるものに一貫したテーマがある。それは「今あなたがたは権力を握り、今あなたがたは多くの財産を持っている。しかし過去はどうであろうか。あなたがたによってどれほど多くの人々が犠牲になり、不幸に陥れられたことであろうか。あなたがたの今ある幸せは、多くの人々の不幸の上に築かれているのである。今ここですべてを明らかにしよう」ということである。

 彼は「人間」を描くために、推理小説という手段を使った。彼のありとあらゆる手段はこのようなテーマによって貫かれているのである。
 まさに日本歴史が無視したヤジロウの叫びそのものではないか。

 もし、ヤジロウという人物に焦点を当てて、今から五百年ほど前の歴史を書き直すならば、日本歴史は全く異なったものとなる。しかし、日本のエスタブリッシュメントにとっては不都合なために、ヤジロウは今も無視され続けているのである。

 明治六年(1873年)、西郷隆盛の「征韓論」なるものがある。
 西郷隆盛はこの戦いに敗れて下野し、鹿児島に帰った。そして明治十年(1877年)、西南の役勃発に至るのである。
 はたして西郷隆盛は征韓論を唱えたのであろうか。誰もが疑問を抱く。
 実は西郷隆盛は自分が血を受け継いでいる人物、すなわちヤジロウの功績を調べるために韓国に行こうとしたのである。
 先にも述べたように、ヤジロウは朝鮮半島全域から中国、そして東南アジア諸国にまでその勢力を張っていたのである。
 西郷隆盛はまず初めに韓国を訪問し、ヤジロウの痕跡を見つけることでそれをアジア全体に広げようとしたのである。「大東亜共栄圏」の本当の意味はここにあったのである。

 ヤジロウの時代、アジアは一つにまとめられていた。この結果を復活させることによって、欧米列強の植民地政策に対抗することができると読んでいたのである。
 しかし、大久保利通たちはこれを阻止し、西郷隆盛の征韓論なるものをねつ造して、彼の願いを無視してしまったのである。
 この意味でも西郷隆盛はすべてのことを知っていたということになる。西郷隆盛の死後、彼の書いたものや多くの手紙類はおそらく焼却されたものと推察される。

つづく

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