« 終末論とは何か 4 | トップページ | あるフラッシュにて・・・ »

坂本龍馬と終末期の日本 1

1月3日、ホントに久しぶりに食い入るようにテレビを観せていただきました。
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まったからです。

 今年のUNOCLUBのテーマは今回の日記のタイトルと同じく、坂本龍馬がメインとなり、「坂本龍馬と終末期の日本」と題して、4回セミナーが行われる予定です。

 その第一講は3月に入ってからになるようですが、どうも新型インフルエンザの雲行きが怪しく、もしかしたら来月に強毒性が猛威を奮うとの情報があって3月からになったようです。
 しかし、どのような状況になろうとも、その中を突破していきたいものです。

 さて、「龍馬伝」の第一回は「上士と下士」というタイトルでした。
 そして、明治時代、岩崎弥太郎の回想からそのドラマは始まりました。
 
 小生は一度だけ高知へ行ったことがありました。
 それは8月の真夏のことでしたが、初めて訪れた土佐の桂浜、その景色は素晴らしく目の前に広がる太平洋を眺めては、龍馬が憧れた海の向こうが遙か彼方であることを思い知らされ、龍馬の凄さを実感しました。
 たった数隻の黒船、彼の情熱の炎はそこから生まれますが、一介の下級武士でありながらも、龍馬は夢と真っ向から向かい合うのです。
 電車も自動車もない時代に彼は北は東北青森から西は九州に至るまで、自分の足で駆け巡るのです。

 そしてそのような思いに駆り立てさせる意志の強さや行動力は、幼い頃に死別した母からの愛情にあったのでしょう。

 「龍馬伝」の第一回はその母の愛情が最後ににじみ出ていたように感じました。
 
 泣き虫で弱虫の幼少時代、しかし母上はそのような龍馬に対して、深い愛情を持って接していました。
 そして、龍馬が上士を憤慨させるような出来事を起したとき、病床に伏しながらも、龍馬が連行された上士の屋敷へと向かい、捨て身の覚悟で上士と対峙し、龍馬の命を守るのです。

 そして、その後、母上は帰らぬ人となりました。

 それから歳月は流れ、龍馬は同郷である郷士の岩崎弥太郎と出会います。
 幕末の時代の原動力は薩長土、その中でこの土佐藩だけは、武士の中に大きな差別が存在しました。
 龍馬をはじめ、岩崎弥太郎、中岡慎太郎など、その多くはかつて四国を治めていた長宗我部の遺臣でありました。
 しかし、関が原の戦いで破れたために徳川幕府はその後釜に山内一豊を高知へ送り、土佐を治めさせたのです。
 しかし、彼らは幕末の時代においても、長宗我部の遺臣であり続けたからであるのですが、桂浜に至る途中にその霊を慰めるかのように、一領具足の碑がありました。
 私は、ここで決して曲げない彼らの意志を感じた次第でありました。

 そしてドラマの終わりに弥太郎が上士に対して、憤激を抑えきれず、刀に手をかけたときでした。
 そのとき、龍馬がかつて母上から学んだように、捨て身の覚悟で岩崎弥太郎を説得し、そして彼をかばうのです。

 その中で、龍馬は告げました。
 ・・・「恨みからは何も生まれない」。

 
 小生は、この龍馬が放った言葉に、大きな感動を受けました。


 終末期の時代、それはイエスを十字架に追いやった人々の恨みから生まれたものであります。
 彼らはそのため2000年という気が遠くなるような歳月を費やして、その恨みをエネルギーに変えながら野望を実現させようとしているのです。

 そこから何が生まれるのでしょうか。


 かねてより、古代ユダヤ人が日本にいるお話を何度も何度もさせていただきましたが、幕末を動かした薩長土の人々は古代ユダヤ人に所縁のある人々でありました。

 彼らは大きく分けると三度に渡ってこの日本にやって来たことが密かに伝えられています。
 最初は騎馬民族スキタイによって、主に東北地方に渡って来ており、その後、今度はユダヤの最大の宝とされる契約の箱を携えて、黒潮に乗って淡路に至り、そして阿波にやって来ました。
 そして最後に渡って来たのは、シルクロードを何百年と移動しながら、この日本にやって来た、秦氏と呼ばれる人々でした。

 そして日本にいるとされる古代ユダヤの人々と終末へ向けて、その野望を果たそうとするユダヤ人、彼らは同胞でありながら、イエスというフィルターを通すと正反対の流れであることが分かります。

 そして小生は単なるドラマではありますが、そのような事柄を思いながら、このドラマを観させていただき、龍馬が弥太郎に言った言葉や、龍馬の母上が語られた言葉に大きな重みを感じました。

 「恨みからは何も生まれない」

 

 ・・・桂浜には太平洋を眺めるように坂本龍馬像が立っています。これは昭和3年に建立されたものですが、その台座には「高知県青年」と刻まれており、そこには龍馬の志しや生き方に感銘を受けた、高知の人々の気持ちが表されていると思います。
 しかし、同じ土佐でも、足摺岬に立つ、中浜万次郎にはそのようなものが伝わらないのです。 彼の片方の手にはコンパスと三角定規が握り締められているからです。
 これはフリーメーソンという秘密結社のシンボルであるのですが、両者にはその接点があったことは事実でした。

 しかし、その龍馬像を知ることで、龍馬は彼らの意のままにならなかったことが理解出来ると思われるのです。 

 最後にUNOCLUBでは司馬遼太郎氏の隠された視点として、古代ユダヤのヒーローとして坂本龍馬が取り上げられるそうです。
 また、このタイトルで日記にしたいと思います。
 多分3月になろうかとも思います。
 

|

« 終末論とは何か 4 | トップページ | あるフラッシュにて・・・ »

ひとり言」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。

>その恨みをエネルギーに変えながら野望を実現

それは違うのではないでしょうか。ユダヤ人(神の民)がキリスト教に帰依する事がサタニストにとって一番の脅威なので、キリスト教内に反ユダヤ感情を煽り(ルター含め)決して仲良くさせないのでしょう。ユダヤ人は神の国を一緒に作っていくために日本人を選んだのではないでしょうか。フルベッキが日ユ同祖を意識していたかは、明治天皇のお孫さんの小林牧師のインタビューで少し分かる気もします。
吉田松陰は満洲の領有を主張、その満州で多くのユダヤ人が日本人によって救われたのは不思議です。龍馬達がユダヤ人(フルベッキやグラバー)に助けられた恩返しになっていると思います。今のイスラエルにも恩返しができればいいですが。
ユダヤ陰謀論には、こういった日本とユダヤの素晴らしい関係を私達に気づかせない役割があるんだと思います。有名な陰謀論者のほとんどがサタニスト側の工作員でしょう。

投稿: 匿名 | 2011年2月14日 (月) 11時23分

匿名 さま

コメントありがとうございました。
ずっと放置していましたので、コメント気づかずにいました。
申し訳ありませんでした。

さて、コメントについてお答えします。
まず、ユダヤ人は選民といわれておりますが、旧約聖書に記された内容から判断しますと、人類の歴史は本来、悪の方向へ傾きやすいものであることがわかります。そして、それはユダヤ人にとっても同じことであろうかとも思います。
その中で後に登場するイエスだけは、全くそれとは違っていました。それは彼の特殊ともいうべき生い立ちから窺う事もできるかと思います。

イエスという人物は始祖アブラハムから始まったユダヤ人であります。しかし、そのイエスを十字架に追いやっていった者たちもユダヤ人でありました。
新約の中では、イエスは旧約聖書から離れるユダヤの長老たちとの戦いが記され、そしてイエスは十字架への道を自らが選ばれていったようであります。
しかし、十字架にかけられる人の子は旧約の中ではすでに預言されたことでもありました。
ということはイエスはそれを熟知しておられ、そしてその人物こそ自分なのだとわかっておられたのだと思います。
十字架にかけられる直前にイエスが彼らに語った言葉。
 
『 あなたがたに告げます。
「祝福あれ。主の御名によって来られる方に。」
 と、あなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決して、わたしを見ることはありません。 』(マタイの福音書23章39節)

これはイエスを十字架に追いやった者たちもいつの日にかはイエスを神の子として認めるときが来るという意味であるのでしょうが、イエスは「あなたがたが言うときまで、わたしを見ることがない」とも告げています。
ということは、そのときまで彼らはイエスに敵対するということになるのでしょう。
当方はそのような事柄から、救世主を認めない彼らの恨みのエネルギーの大きさを感じ、それが彼らの野望につながっていったと思ったのです。

投稿: げんき | 2011年4月20日 (水) 08時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1248068/32887454

この記事へのトラックバック一覧です: 坂本龍馬と終末期の日本 1:

« 終末論とは何か 4 | トップページ | あるフラッシュにて・・・ »