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これからの生き方とは 2

昨年10月6日頃のNHKニュースより

『 富士山の地下深くで、地盤が膨らむ傾向を示すわずかな変化が国土地理院の観測で初めて確認されました。
 噴火の兆候は見られず、火山噴火予知連絡会では、火山活動の変化を知る手がかりとして注目しています。

 これは、5日気象庁で開かれた火山噴火予知連絡会の定例会合で報告されました。それによりますと、国土地理院が富士山の周辺に設置しているGPSの観測点で、去年8月以降、山梨県富士吉田市と静岡県富士宮市の間がおよそ2センチ伸びるなど、富士山の地下およそ15キロ付近を中心に地盤が膨らむ傾向を示すわずかな変化が初めて確認されました。膨らんだ部分の体積は東京ドーム8個分に当たるおよそ1000万立方メートルと推定され、国土地理院は、地下のマグマの動きを反映しているとみていますが、このほかの観測データに大きな変化はなく、噴火の兆候はないということです。

 これについて火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣会長は「活火山としては珍しい現象ではなく、直ちに噴火に結びつくものではない」と説明したうえで、「富士山の火山活動はこれまでにない変化をとらえることができた。今後の観測データも注意深く監視していきたい」と話しています。』

 
 昨年12月中旬に静岡県伊豆半島東方沖を震源とする群発地震が発生しました。
 そして伊東市では、17日夜と18日朝に震度5弱の地震が観測され、東海、東南海、南海地震が叫ばれていることから、関東周辺や東海地方には、緊張感が走りました。
 しかし、静岡周辺や伊豆地方での群発地震は珍しいものではなく、1978年から数えると45回目のことでした。
 そして、この直後、元F1ドライバーの片山右京氏の富士山遭難の一報が流れます。

 ところが、彼は最初に揚げたNHKニュースが報道されたその時から、このような日本の雲行きを、多次元的に捉えていました。。

 『 ここで重要なのは、記事冒頭には「わずかな変化」と説明されているが、記事中ほどでは、地盤が膨らんだ部分の体積について「東京ドーム8個分」という、尋常ではない数字がハッキリと書かれているところである。
 また、「活火山としては珍しい現象ではなく、直ちに噴火に結びつくものではない」と、何も問題がないような雰囲気を前置きしているにも関わらず、「富士山の火山活動ではこれまでにない変化」と、今回の富士山の地下で起きている現象が、「これまでにない変化」であることを柔らかく、優しく伝えている。
 
 筆者はこの記事を読んで、富士山がじつは「かなり危ない状況にある」ということを直観した。
 こういうことは、火山活動に限らず、たとえば、原子力発電所の事故現場においても、同様のことが言える。

 たとえば、原子力発電所で放射能漏れ事故が起きたとする。
 「危険なので避難してください」とアナウンスされた場合は、「逃げれば助かる」というレベルなので、じつはまだ安全なのだ。本当に怖いのは、「まったく問題ありません、安心してください」とアナウンスされてしまった場合だ。この場合は、「今から逃げても、もう手遅れ」というケースだ。だから「安心してください」としか言いようがないのだ。

 (略)

 ではなぜ、今、富士山が活発化してきているのか?
 ひとつは、太陽黒点の消滅が挙げられるだろう。

 太陽活動が低下すると、地球はクラウド(雲)に覆われる。そして、大規模な火山活動が発生し、さらに地表を覆うこととなる。そして、氷河期へと突入していくのである。

 もうひとつ、「火山の噴火」とは、多次元的に解釈すると、「鬱積されたストレスの解放」である。
 「鬱積されたストレス」は、もちろん地球人類全体の意識レベルのことを指すが、とりわけ富士山と限定する場合においては、「日本国民」の潜在意識の状態、そしてさらに、なによりも、「日本という国体」「龍体としての日本国」の威厳の問題に関わった時に、その反応は顕著となる。

 「威厳の問題」というのは』、昨今繰り広げられた、天皇陛下の「面会問題」のように、日本国を意図的に貶めようとする動きが発生した場合などを指す。
 その場合、国体による「身震い」が示され、「次元の違う日本」という存在を広く知らしめようとする。
 そして、その意思表示は、火山活動に直結しているということである。

 現在、日本は「民主党政権」によって運営されている。
 
 これまでの自民党体制とは、いわゆる保守である。保守とは「これまでの慣例をそのままに、成長を基盤とした社会作り」ということである。
 翻って、民主党体制とは、基本的に社会主義政権である。
 つまり、「成長を望まず、裕福層から集めたお金を、貧しい人たちで分け合ってみな平等にする」ということである。
 自民党体制と、民主党体制では、まったく違う国と言っても過言ではないほど違うのだ。
 これほどまでの違いは、その時の気分で安易に「政権選択」するようなレベルではない。


 民主党は「天皇」にメスを入れ始めた。
 
 神の存在を否定する社会主義の民主党政権によって、この世のものではない、多次元的な存在である「天皇」が踏みにじられようとしている。
 こうした動きに対して、日本という「国体」は、身震いをもって、その威信を表明することとなる。
 つまり、何の意味もないところに富士山は噴火などしない。
 もし、富士山が噴火するなどということがあるとしたら、それは、日本、そして日本人が、よほど、この龍体である日本国という国体を、自ら貶めた時である。

 一国を司るどこの神が、自国民を殺(あや)めたいと思うだろうか?
 そのような神など存在しない。
 神がもし存在し、その神が自国民に対して牙を剥いたとするならば、それはその以前に、自国民こそが自国を司る神に対して牙を向けたからに他ならない。
 
 日本の言葉を話し、日本の空気を吸い、日本の水を飲み、日本のコメを食べ、どうして日本を蔑むような行動を取れるのか?
 日本を貶めるその行動のエネルギーの源は、すべて日本の神々から預かりたもうた宝物ではなかったのか?
 「恩を仇で返す」ことこそが、「鬱積されたストレス」の最たるものとして、日本国土を転覆させてしまうのだ。

 
 「日本の国土が転覆する」、そんな危険性が先日、鳩山偽装献金事件、小沢一郎公設秘書問題などに起因して起こっていた。
 「改革」を掲げた民主党そのものが、旧態依然の「改革拒否組み」の筆頭であることが明らかになった。
 その「欺瞞」が「鬱積したストレス」を形成し、まさに、富士山が噴火してもおかしくはない状況を招いていたのだ。

 このままでは、日本が危ない。このままでは、全地球のストレス解放の出口である富士山の頂が火を噴いてしまう。
 その兆候は、「伊豆東方沖群発地震」として、12月17日の午前から始まっていた。
 信じられない方もおられるかとは思うが、この巨大な富士山の緊張を鎮めるために、2人の「人身御供」が捧げられたのであった。

 これが12月18日未明に起きた、元F1ドライバーの片山右京氏が率いる富士山登山パーティーの遭難事故の”多次元的な真相”である。
 
 「火」そして「火山」を鎮める「水の神」として富士山に祀られている「木花咲耶姫」(コノハナサクヤヒメ)は、女神であるため、人身御供は男性となる。
 さらに、富士山の緊張度合いの大きさから、人身御供は「2名」となった。
 亡くなられた方は、誠に気の毒としか言いようがなく、ここに謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。
 ご遺族は、突然、大切な家族を失う悲しみに打ちひしがれていると思う。この悲しみを癒すものは、ただ時の経つのを待つか、もうひとつ、最愛の家族が、日本に降りかかろうとしていた災厄の巨大なエネルギーに対して、身を挺してそれを中和させる「プログラム」として働いたという多次元的な功績を知ることしかないだろう。

 

 今、日本では、木花咲耶姫に代表される女神が乱舞している。
 「木花咲耶姫」とは、「木の花(桜の花)が咲くように美しい女性」という意味である。
 今、もうひとつは別の場所で、もう一人の「美しい女神」が降臨し、猛威を振るっている。

 ご存知だろうか? 沖縄の「普天間」である。

 「普天間」といえば、「普天間飛行場移設問題」で問題となっている場所である。
 もうひとつ、「普天間」といえば、沖縄県宜野湾市にある唯一の神社「普天間宮」を忘れるわけにはいかない。熊野権現と琉球古神道神を祀る。琉球八社の一つとして知られている。

 この「普天間宮」には2つの伝説がある。
 信心深く、仲の良い夫婦が、熊野権現から黄金を授かる「仙人伝説」と、普天間宮の永遠の女神となった、「美女・女神伝説」の2つである。

 まずは、「普天間の言霊」を見てみよう。
 「普」とは「普く」と書いて「あまねく」と読む。
 「広く隅々まで広まる」という意味である。
 
 続いて「天」とは、「TEN」であり「NET]であり、まさに「多次元世界」のことである。
 
 さらに「間」とは、空間、領域、さらに私たちが生きる場所、つまり「世界」のことを指す。

 「普天間」とは、「この三次元現実世界に、多次元世界のことが、広く隅々まで広まる」という意味なのである。

 このような神秘的な言霊を持つ「普天間」において、もっとも三次元物質主義的な「軍事基地」についての議論が勃発しているというところが、じつにスピリチュアルではないだろうか?
 じつは、民主党の命運も、富士山の動向も、日本、そして、世界の人類意識覚醒も、すべてこの「普天間問題」を雛形として、起こるべきものは起こるべくして、その時を待っている状態なのだ。

 
 民主党鳩山政権は、現在、大変な選択と決断を迫られている。表面張力によってギリギリに均衡を保っている極めて不安定な状態で、どのような決断を下すかが試される。
 米国の主張と、日本の主張、一触即発の、まさに戦争状態なのである。
 その辺りは、やはり米国は完璧に布石は打ってある。
 今、現在の日本の立場は、かつての「プラザ合意」の時とまったく同じ状況である。

 当時のアメリカの膨大な財政赤字解消のために、日本は半ば強制的に犠牲になったのだ。”半ば強制的”とは何か?

 日本が持っていたドル建て債権が半額になっても文句ひとつ言えなくなるような「脅し」を日本は受けたのだ。
 
 「プラザ合意」のほぼ一ヶ月前、1985年(昭和60年)8月12日、それは起きた。

 では現在はどうだろうか?

 日本の某航空会社の経営危機が話題に上ることと、時を同じくして、映画「沈まぬ太陽」が公開された。
 これは完全に、「日本よ、あの時のことを覚えているかい?」という暗黙のメッセージである。

 そしてそのメッセージは、もうひとつ、
 「普天間基地のこと、わかっているよね?」ということも告げているのだ。
 つまり、民主党、鳩山政権の下す決断によっては、もう一回、「8月12日」が起こる可能性があるということである。
 そして、その結末によって、富士山が動くというシナリオなのである。
 鳩山首相は、この大ドラマの中心人物として、この難局を、乗り越えることができるのだろうか? 

じつは今、日本はとんでもない”戦争”の中にいるということに気づいていただきたい。現代の戦争は、ミサイルが飛び交い、戦車が行き交うものではない。
 「現代の戦争」とは、情報のやり取りである。情報を使った詰め将棋のようなものだ。誰の目にもわかりやすく、敵を物理的に攻撃するという旧タイプの戦争とは違って、今は、敵の最大の”弱み”を握り、静かにねじ伏せていくというやり方だ。


 日本国内を走る数百万台の自動車一台ずつに装備されている「カーナビ」は、日本全国どこにいようとも、遙か上空のGPS衛星に位置を把握されている。これは元々、軍事衛星であったものが、民生用に「天下り」してきたものだ。また「Googlストリートビュー」も、元々は軍事利用であった。さらに、インターネットもそうだ。少し前であったならば、信じられないような技術が、民生用に降りてきている。
 ならば、今現在、アメリカの最新の軍事偵察技術はどのレベルに到達しているのだろうか?

 おそらく、鳩山首相、そして小沢一郎両氏の、朝起きてから、夜寝るまでのすべての会話がリアルタイムで英語に翻訳・活字化されているだろう。さらに、飲食物に混ぜて体内に忍ばされた極小ICチップによって、体温の変化、脈拍の変化、血圧の変化が補足され「心境」までもが完全に数値化され、”活用”されているだろう。

 そんな”最新技術”によって四方を囲まれている政治家であるならば、「失言」などによって、自らの処遇に右往左往しているようなレベルでは、まったくダメである。自らの顕在意識を操って、脈拍や血圧を自在にコントロールし、見えない相手を撹乱させるくらいの人物でないと、これからの政治家は務まらないだろう。

 「そんな人物いるわけないよ」と思われるだろう。
 おそらくこの日本にはいないだろう。では、まったくダメなのか?
 歯が立たないのか?

 答えは簡単である。
 どれだけ相手に詮索されようと、喜怒哀楽を察知されようと、何一つ、曇りの一点もない澄み切った心を持っていればよいだけのことなのである。
 曇りのない、クリアな心は、数十億ドルをかけた軍事偵察技術も無力化させてしまうのだ。しかも費用は一銭もかからない。
 
 今、日本国を建て直し、輝かしい未来を現出させるためのきっかけをもたらすことのできるような政治家とは、饒舌に経済の仕組みを語ることではなく、軍事についての博識を誇らしげに語ることでもなく、他者の秘密を握ることで力を増していくことでもなく、単純に「聖者」であることに尽きると、筆者は考えている。
 これからの新しい政治家のあり方とは、利権構造のしがらみに必死に繋がろうとすることではなく、最初から「天」と繋がることである。
 明け透けに「ちくわ」として生きる、一個の「人」として、そして即ち「聖者」として生き振舞うことのできる人物である。
 世の中の仕組みに精通しつつも、自らの無知の度合いを痛いほど熟知し、原点に立ち返ることのできる者である。
 政治の世界も「元のその一」こそが、真の熟達者なのである。


 現在の日本の社会の中では、「政治家」と聞くと、あまり良いイメージは持たれないと思う。それは、本来の「まつりごと」として「聖者」によって行われてきた政治の世界を、三次元物質主義に立脚した、「得なのか、損なのか」でしか物事を計ることのできない狭量なる価値観が支配的となったからであろう。
 人民を統治することとは、すなわち人心を掌握することである。つまり、人の「心」を掴んで離さないことが「まつりごと」の基礎となる。
 人の心とは目に見えない多次元領域のものである。ならば、三次元物質主義に立脚した現在の政治と政治家のあり方では、まずその基礎すらないという状態なのだ。
 モノやお金をぶら下げて得られた人心ほど空しいものはないだろう。しかし、現在の政治とは、そういうものとなってしまってはいないだろうか?

 日本は自殺大国である。公式発表で年間3万人以上が自ら命を絶つ。実際には15万人を越えるとも言われている。
 ホンモノの政治家であるならば、自殺者などいなくなるのだ。「本当の幸せ」を人々に見せ、体感させるからだ。それができないのであるならば、「政治家」を自称するべきではない。

 (略)

 すでに、タイガーウッズのスキャンダルで、見切り発車をした感のある「寅年」であるが、シンプルな多次元的解釈によって予想してみよう。

 「トラ」という動物を見て、あなたならば、何を思い浮かべますか? もっともシンプルで素直な直観を大切にしてください。
 「肉食獣だ」「怖い」「勇敢だ」など、いろいろなイメージが湧いてくると思います。

 さて、では筆者は何を思い浮かべたかというと、トラの模様についてです。
 トラの体にある模様は、黄色と黒の縞々です。これは何を意味していますか?

 
 - そうです。事件現場や工事現場などで見受けられる「規制線」です。「立ち入り禁止」や「頭上注意」などの注意を促す時に、黄色と黒のカラーリングが用いられます。
 つまり、2010年は「立ち入り禁止」となるということなのです。
 これは、様々な意味に解釈することができます。 
 ラビ・バトラ氏は、2009年後半から2010年前半にかけて、「世界的な重大危機」が訪れることを予測しています。「世界的な」というところが重要で、つまり、地球全体、そして2010年自体が「危険区域」となる可能性があるということです。

 何が起こるかは誰にも予想はできないでしょう。
 もし何かが起こったとしても、筆者の内容をよくご存知の方ならば、それが、当然ながら「罠」(トラップ)であることをすでに知っています。
 三次元現実世界のみ執着してしまい、思わぬトラブルに巻き込まれることのないように、常に多次元視点をもって、物事を見ていく必要性がますます高まります。
 人類の爆発的な意識覚醒には、反作用として、それを阻害するプログラムが働きます。意識覚醒が近づけば近づくほど、多次元が見えてくれば見えてくるほど、あなたの心を奪うような瑣末な雑事が次々と舞い込んで来るでしょう。しかし、それらすべて「トラップ」だということがリアルタイムに認識できるようになれば、いよいよ「三次元を御す」一歩手前まで来ています。

 意識覚醒の決定的なきっかけとなる最大のイベントは、「ずっと探していたものが、じつは目の前にあった!!」という衝撃です。
 2010年、あなたは目の前にある「虎の子」を見つけることができますでしょうか?』

 つづく

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コメント

なかなか面白い記事ですが、締めがちょっと・・・と思いました。

日本では「警戒色」として黄色と黒が使われますが、欧米では赤と白が使われていますよね。

投稿: ponpon | 2010年1月20日 (水) 11時43分

ponpon さま


そうですか、欧米は赤と白なのですね。
日本ならば縁起が良い色の組み合わせになりますね。

思うが侭、感じたままをいつも紹介しております。

コメントいただき誠にありがとうございました。

投稿: | 2010年1月25日 (月) 08時30分

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