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終末論とは何か 3

イエスは彼らの過ち、それは旧約聖書の基準からして、どれだけ離れたものであるのか。
 もはやそれは選民といえるものではなく、かえって神の名を汚すだけの民族に成り下がってしまったことを痛烈に批判したのでありました。

 イエス在世当時には、すでにユダヤ教の階級が出来ており、ユダヤ教の宗教組織は強固なものになっていました。そして、そのユダヤ教の指導者たちをパリサイ人、あるいは律法学者と呼んだのでした。

 彼らはタルムード的発想で旧約聖書を解釈し、ユダヤ人たちにその誤った解釈を教え込み、そしてユダヤ民族は選民なるがゆえに他の民族とは全く異なったものであるという思想を広めていったのでした。
 そのためにイエスと律法学者、パリサイ人との衝突が幾度も繰り返されていったのです。

 その詳しい内容は新約聖書の「マタイによる福音書」23章に述べられています。
 イエスが真実を語り、イエスが彼らを糾弾すればするほど、彼らは怒りに燃えて、そしてやがて彼らは組織を組んで、そしてローマ帝国の出張所であったエルサレムの総督府にイエスを訴えることでイエスをなきものにしようと企むのでした。

 「忌まわしい者だ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。改宗者をひとりつくるのに、海と陸とを飛び回り、改宗者ができると、その人を自分より倍も悪いゲヘナの子にする」(新約聖書「マタイによる福音書」23.15)

 イエスがこれを語ったのは紀元30年頃になるのでしょう。このときイエスはそれから約千年先のことをまるで見通していたかのようであることが分かるのです。
 ここに出てくる「改宗者」とは一体何を指すのでしょうか。
 これこそがカザール人であり、アシュケナジー・ユダヤ人のことであったからです。彼らはゲットーの時代を過ぎて、ヨーロッパ各地で、アメリカで自由を獲得し、そして、彼らは金融的拠点としてニューヨークのウォールストリートに絶大な力を及ぼします。また、アシュケナジー・ユダヤ人はアメリカの金融や株式市場だけではなく、その政治、経済、社会などに大きな影響力を持ち、多くの弁護士、会計士、税理士、などを輩出し、マスコミにも大きな影響力を高めていくのです。
 日本とアメリカのつながりを思うとき、近年ではバブル崩壊が挙げられるのでないでしょうか。それは彼らによってもたらされたものであるからです。
 すなわちイエスが告げたようにアシュケナジー・ユダヤ人は倍も悪いゲヘナの子となった者であることが、これらのことから窺い知ることもできるからです。

 このようにまさにカザール人が受け入れたユダヤ教はタルムードそのものでありました。したがって今日でもアシュケナジー・ユダヤ人の多くは旧約聖書を全体として読んだことがないのであります。

 このようなことから、世界に広がっているユダヤ教は本来のものでは決してなく、完全に宗教化し、タルムード化した恐るべきものであることがわかります。

 それをイエスは2千年前、いわば今日の世界の思想、政治の根底をも見抜き、かつ警告を与えていたことが分かるのです。

 再度、話を終末論に戻します。

 イエスはそのマタイによる福音書23章の終わりに、そのようなパリサイ人、律法学者たちに向って不思議なことを述べています。
 またイエスがそれを語った場所は、エルサレムでありました。
 そして、彼はエルサレムに住むユダヤ人が神に立ち返り、元の旧約聖書の教えに戻るように尽力したのでありました。しかし彼らは、イエスの言葉を拒否したのです。

 イエスはそのことをめんどりがひなを翼の下に集めるように、集めようとしたが、それを拒んだというふうに述べています。
 その結果、ユダヤ人はエルサレムから全世界に散らされること、そしてエルサレムは荒廃した状態で置いておかれることを預言したのです。
 しかし、イエスはそれだけではなく、再びエルサレムが全世界から注目されるようになり、そしてその頃には本当のユダヤ人たちが多くエルサレムの地に帰ってきていることをも預言していたのでありました。
 そして彼らは多くの苦難を経て、大惨事をも含む大きな苦難の後に、イエスがユダヤ人にとっての救世主であることを認めざるを得なくなると預言したのでありました。

 「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。
  見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたまま残される。
 あなたがたに告げる。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはない。」(新約聖書「マタイによる福音書」23.37~39)


 ・・・この最後の部分はいったい何を語るのでしょうか。
 ユダヤ人たちがイエスをローマ帝国に訴え、無実の罪で十字架に追いやった。そして、彼らは自分たちの目的を果たすことができたと思うかも知れないが、必ず彼らの口にして「神の御名によって来るものに祝福あれ」と言うときが将来必ず来るとイエスは預言したのであります。
 イエスはやはりユダヤ民族の救世主であり、旧約聖書で預言されていたとおりの救世主であったことを認めると断言したのでありました。
 したがって、ユダヤ教徒は今日に至るまで、イエスの十字架を認めても、イエスの復活を完全に拒否しているのであります。
 日本人はイエスの復活を述べるとき、あり得ないと簡単に考えるでしょう。しかし、欧米の多くの人々は新約聖書のその当時のイエスの復活の状況について書かれたその言葉を点検しながら、その上で、イエスの復活について今も議論しているのであります。
 しかし、ユダヤ教徒はイエスの復活があるならば、それは自分たちの誤りがすべて露呈することに繋がります。さらに将来において、イエスのこの預言が自分たちに対して成就することにもなってしまうので、今も拒否を続けることしか出来ない環境となってしまっているのであります。

 日本人の多くは無神論者であるといいます。
 しかし、この無神論というのは天地の創造主を指しているので決してなく、日本人のいう無神論は、自分たちの考える神々があるかないかといっているのだと思われるのではないでしょうか。
 古来、日本人は大きな山、大きな木、そして大きな岩など、さらには人間をも神々としてきた歴史があります。
 それと創造主なる神とは全く異なっているのであります。宇宙には完全な数学的秩序があります。そのような無限に広がりのある世界から目に見えない細胞の世界にも完全な秩序が存在しているのです。

 これはどうしてできたのでしょうか。

 はたして偶然なのでありましょうか。

 それとも造物主が造ったのでしょうか。

 この議論の果てにおいて、創造主なる神がいるとか、あるいはいないと論じているに過ぎないのです。

 モーセは今から3千5百年前、「申命記」という遺言書を残しました。
 これはユダヤ民族の一つの離散バビロン捕囚が起きるよりも、千年近く前に書かれた預言書であります。

 「主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石の他の神々に仕える」(旧約聖書「申命記」28.64)

 すなわち、古代ユダヤ人が神によって全世界に散らされる(バビロン捕囚以前にアッシリア帝国によって多くのユダヤ人はその祖国を追われ、なお騎馬民族スキタイによって、東方に連れて行かれ、日本に定着した人々もいました。さらに契約の箱を持って日本に向ったユダヤ人たちもいたと思われます)ことをモーセは預言し、さらに彼らが「あなたの先祖たちも知らなかった木や石の他の神々に仕える」と述べていたのでありました。

 日本で行われていること、すなわち日本人の頭の中にある神々の思想は、今から3千5百年前にモーセによって預言されていたとおりのことであったことが、これらから分かるものと思われます。

 またモーセはかくも告げました。
 「これらの異邦の民の中にあって、あなたは休息することもできず、足の裏を休めることもできない。主は、その所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を弱らせる」(旧約聖書「申命記」28.65)

 しかし、さらにモーセはこのように祖国を追われ、惨めな状態になり、恐怖に取りつかれるようになる古代ユダヤ人たちにも大きな希望があると述べていたのでありました。
 それが古代ユダヤ民族の祖国への帰還であり、真の解放であるのでしょう。

 今日、イスラエルにおいては先述したようにスファラディ・ユダヤ人、さらにミズラヒがそのイスラエルの地に帰ってきています。
 それは日本にいる古代ユダヤの子孫とは異なっているからであるのです。
 彼らは第三次世界大戦の激しい試練の中を通らなければなりません。なぜならば彼らの先祖こそが今から2千年前、紀元30年にイエスを十字架につけることを要求し、パリサイ人、律法学者たちと共にイエスを排除した人々であるからです。蒔いた種の実を刈り取らなければならなくなってしまったのです。
 このようにスファラディ・ユダヤ人とミズラヒは、あのイスラエルの地で激しい苦しみを、全世界からの艱難の苦しみを受けなければならない定めとなってしまったのです。

 つづく

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