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終末論とは何か 2

ノアの箱舟には、ノアとその妻、そしてノアの三人の息子とその妻たちが乗っていました。
 余談ですが私たち日本人は小さい”ふね”は舟と書きますが、大きなものは「船」と書きます。舟偏に八と口を書くのですが、口は人を指しているので、舟に八人が乗った様から「船」という漢字が生まれたものと思われるのです。これは不思議なことであります。

 さて、ノアには三人の息子とその妻たちがいました。そして、この洪水の後に人類は再び増え始めていくのであります。
 ノアの三人の息子の一人がセムと呼ばれる人物でありました。そして、このセムの子孫から2千年後に、アブラハムという人物が登場します。そしてこれが本当のユダヤ人の始祖の登場となるのでした。

 では何故神はアブラハムを選んだのでありましょう。アブラハムの時代にはすでに多くの人々が世界各地に住んでいたものと思われます。
 そして、そのときもまた人々は自由奔放の中で自分たちの欲望どおりに生きていた時代であったのでしょう。
 しかし、このような時代は言葉を換えると、善と悪との基準がなかった時代ということになるのかもしれません。
 そして神はその基準のない世界に基準を与えるために選民を定めたのではないでしょうか。
 そしてアブラハムの子孫の中から、やがてモーセが登場し、彼こそシナイ山で神との契約を交わす使命を帯びて「十戒」というものが生まれるのです。
 その中には神の目から見て、何が善で、何が悪か、それがはっきりと示されていました。また、どのようにすれば人間は秩序ある世界を作ることができるのか、多くの戒めが規定されていたのでした。

 今日、日本にも多くの法律があります。そしてその源流は明治以降、欧米からもたらされたものでありました。そして、ヨーロッパのなお源流は何かというと、ローマ帝国のものであり、さらなる源流はモーセの十戒へと及んでいくのであったのです。
 もちろんローマ帝国の前、ギリシャの時代にも法律はありました。しかし、ローマ帝国の法律に強烈な影響を与えたのは本当のユダヤ人でありました。なぜならば紀元70年には彼らはユダヤ人たちを国家もろとも滅ぼし、世界に散らしたからであります。そしてユダヤの思想はそのままローマ帝国の法律となって生かされたと言っても過言ではないといえるのです。
 そして、ヨーロッパの歴史の中にはモーセの十戒を源流とする善悪の基準が脈々と流れていくようになったのでした。
 
 これがアブラハムの、すなわちユダヤ人が選民とされたことの一つの目的であったのです。
 法律だけでなく、人類の生き方、また政治の仕方、商売のやり方などなど、そして何よりも唯一の創造主なる神を崇める信仰を他の民族に良き模範として示せるようにという使命を帯びていたのであったのです。

 しかし、紀元前586年、バビロンによってユダヤ国家が崩壊したとき異変が起きたのです。
 ユダヤ人がバビロン捕囚となったとき、彼らは大いなる絶望感を抱き、創造主なる神が自分たちを選民として選んでいるならば、どうしてこのような異教徒であるバビロンによって国家を滅ぼされ、奴隷とならなければならないのか。そのような彼らの神への不平、疑問はやがて神への不信仰と至っていったと思われるのです。

 しかし、ここでバビロン捕囚を考えたとき、その原因はユダヤ人自身にあったということでありました。
 実はモーセは十戒だけではなく、多くの戒めや預言を神から与えられていたのでした。そしてそれらは旧約聖書の「出エジプト記」、「レビ記」、「申命記」にまとめられているのです。
 彼らが神の戒めを破ればどうなるのか、また逆に神の戒めという基準を守るならばどれほど幸せになり、全世界の人類に対して模範となり得るか、などが詳しく述べられていたのでした。
 それでも彼らは神に逆らい、神の戒めを無視して、自由奔放に生活していったのです。さらに彼らはますます神の戒めから離れて、選民としての役割を果たすことが出来なくなってしまっていたのです。

 旧約聖書の中には「列王記」、「歴代誌」という歴史書があります。
 そこにはその当時の歴史が、そして彼らが世界に散らされなければならなかったことの理由が詳しく述べられているのでした。
 ですから彼らは神への反逆の結果として、すなわちモーセが神から与えられた契約の結果としてバビロンへの捕囚になってしまった理由を見ることが出来るのです。
 そして、彼らはその時点でも神の前に心を低くするどころか、自分たちの過ちを認めることはありませんでした。さらなる神への不信、神への不服となって反逆を始めるに至るのです。

 そのようなとき、彼らの目に留まったものが、バビロン帝国において行われていた数々の悪い習慣でした。そしてその中に最も恐ろしいバビロンの宗教があったのです。

 バビロンこそが全世界を支配する。そのためにはどのような手順と謀略が必要か、彼らはそれに心が捕われてしまったのです。そして、バビロン宗教によって、後に旧約聖書を解釈するに至るのでした。
 
 この解釈の中から生まれた発想が、「タルムード」という本にまとめられていったのです。
 タルムードを読めば、どれほどユダヤ教徒が傲慢になってしまったかが分かります。そして自分たちこそが人間で、他の異教徒たちはすべてゴイム(獣)に過ぎないこともそこには述べられているのです。

 ・・・彼らの傲慢な思想、また他の民族を顧みることのない発想、欧米ではユダヤ人といえば、長きにわたって嫌われた歴史がありました。
 その結果として、彼らはゲットーといわれたユダヤ人居住区に押し込められてしまうのですが、すべての原因となったのはこのバビロン宗教の受け入れにあり、その結果としての旧約聖書解釈であったのでした。

 そして、何度も書きますがやがて彼らは元の国に戻り、さらに歳月が過ぎていく中、イエスの登場に至るのでした。


 つづく

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