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2010年4月

本来の日本人 2 (日本の不思議)

19世紀にアルバート・パイクという人物がいました。彼は「黒い教皇」と呼ばれる秘密結社の大御所でありました。

 そして彼が書いた手紙が外部に漏れ、その内容が知られています。

 「・・・第三次世界大戦はイルミナティのエージェントが作り出す政治的シオニストと、イスラム指導者たちの対立を利用して引き起こされなければならない。戦争は、イスラムと政治的シオニズム(=イスラエル国家)が互いに破壊し合うように仕向けなければならない。その間、他の国々は再びこの問題で分裂し、物理的、道徳的、精神的、経済的に完全に疲弊するまで戦わざる得なくなる。このようにして各国は、ようやく公にされた悪魔礼拝者の教義を受け入れざるを得なくなる」
 (ジューゼッベ・マッツイニーへ宛てた1871年8月15日付けのアルバート・パイクの手紙)

 上の内容は彼の手紙の一部です。
 そしてこの手紙の中には第一次世界大戦でロシアを破壊し、第二次世界大戦で、ドイツの国家主義者を利用してシオニズムを煽り、イスラエル国家を樹立させる計画も述べられていたのです。

 そして第三次世界大戦で再建したイスラエル国家とイスラム国家を破壊させる。また、その戦争は最初から核兵器を使うとも書かれてあるそうなのです。

 この手紙が書かれたのは1871年8月、日本でいえば1868年が明治時代の始まりなので、まだ世界大戦というものが全く考えられない時代に彼は述べていたことになるのであります。
 そしてイスラエル国家の再建は1948年5月ですから、このときイスラエル国家など影も形もない頃でした。

 そして、このシナリオが書かれてから約150年という歳月を要しても最後の世界大戦は未だ起きてはいないのですが、このように彼らの戦略は気が遠くなるほどの長年月を要して進められてきたことが窺えるのです。
 そしてその原点となっているのは「イエス憎し」。それは2000年前に遡るのでしょう。



 話を元に戻しますと、日本も彼らの戦略により、陥れられてしまいました。そして多額の借金を背負わされて彼らの僕となったのでしょう。
 そして大東亜戦争という大義の裏で、金塊の略奪が始まるのです。

 敗戦が濃厚となった頃、日本は特攻隊を編成します。それはこの戦争に負けないための起死回生の作戦でありました。しかし、それと同時にこの作戦は日本が本来の日本であるための最後の秘策であったのです。

 特攻隊の生みの親である大西瀧治郎中将は、この戦争に反対でした。 しかし、戦争を始めた以上は負けることはできなかった。この特攻隊の生き様というものを世界に見せて、これ以上無意味な戦争を続けないために、互角の戦いに挑んだのです。

 しかし1945年8月15日、日本は白旗を挙げました。

 そして彼は翌16日、彼が若者を送り出すときに告げていたことを自ら実行されたのでした。
  「私も行く」・・・壮絶な最後であったそうです。


 ・・・しかし、天皇の名の下に日本が奪った金塊でも、その所有権は日本にはありません。
 それは世界の大財閥、ロスチャイルドのものなのでしょう。
 それが幕末から先の戦争に至るまでの彼らの日本という国に対する戦略であったともいえるのでしょう。
 しかし、世界の富を握るロスチャイルドにも、ひとつの懸念があるようです。・・・それは日本に同胞がいること。
 これが脳裏には、ちらついているのです。

 そのひとつの証しというべきものが、その直系である女性歌手が親日家であるという事実であります。彼女は日本を愛しているし、それが許された女性でした。

 旧約聖書に貫かれた法則、それは同胞は祝福しなければならないのです。
 それが今後、どのような形で現れるのか。彼らもこの日本の不思議とでもいうべき事柄が気がかりで仕方がないのであります。

 それが神道で告げられている「一厘の仕組み」なのでしょうか?

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本来の日本人 1

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  フルベッキの集合写真、結論から言いますと、これは合成写真であったようです。

 彼らの目的、それは次のスケッチが語っていました。

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上の写真は高橋五郎著「天皇の金塊」に掲載されていたものです。

 見難い写真ではありますが、その右側に後姿で描かれているのが日本軍、そして後方で意気込んでいるのが日本のやくざ集団で、これは全世界に配信されたスケッチであると言われています。


 日本人のやくざ集団は、その度胸と非情さを日本軍から大いに重宝がられて利用されていたようです。
 そして日本軍は満州事変以来、厳しい上官の命令と軍規のもとで、「天皇陛下のため」と叫びながら、乱暴狼藉を繰り返し、アジア全域の住人たちから金塊財宝を根こそぎ強奪していたのでした。
 そして、当時アメリカ人の作家たちは徹底した日本陸軍の強奪ぶりを、「まるで巨大な真空掃除機が通り過ぎたように」と表現していたそうです。

 日本軍が任務を終えたその直後に日本のやくざ集団が金塊強奪を行ったのです。

 石原莞爾や辻政信といった旧陸軍の軍人たちがその任務を負ったようです。ですから石原莞爾においては満州事変の張本人でありましたが、戦犯を逃れることが出来ました。また辻政信は後に衆参議院を何期も務めましたが、その後東南アジアを単身で視察する不可解な行動をして消息不明になった人です。
 実は彼らは金塊強奪の任務を帯びていたのだそうです。

 皇室で昭和天皇の弟である秩父宮はアジア全土から略奪した金塊財宝の秘匿作戦総司令官であったようです。
 そして奪った金塊の大半は今もフィリピンの175ヵ所の地下を掘って隠した後に、それに携わった175名の将官たちと共に爆破され、隠匿されてしまったようです。
 
 そして大東亜戦争の真の狙いは、金塊奪取にあったのでした。
 それで戦後ルパング島から帰還されブラジルに移民された小野田氏はその任務をずっと忠実に遂行されていたのでした。
 その小野田氏をブラジルに移民させたのは、笹川良一でありました。
 ・・・口封じのためだったのでしょう。
 
 このように衝撃的な真実が暴露される時代。本来の日本、日本人はどのようなものであったのか。疑心暗鬼にならざるを得ないような、しかし次の時代の到来を見据えたとき、日本の暗部が曝け出される必然というものを感じるのです。

 そして金塊の略奪を行わなければならなくなった原因は明治維新にあったようです。
 彼ら外国勢力はその頃から日本に目を付け、そして開国を迫ると同時に日本の内乱を扇動しながら、その弱点を見抜いてしまったのです。
 
 以前、土佐の田中光顕が暴露した内容、幕末維新の目的が薩摩や長州が悲願とした南朝復活であったこと。そして、どさくさに紛れて天皇すり替えを行うこと。
 そのタブーを彼らは日本の弱点として、日本に脅しをかけたのでした。また、欧米を視察させることによって、富国強兵や工業立国という欧米列強の果たした夢を日本に持たせることでもあったようです。
 そのために日本は日清、日露の戦争に駆り出され、軍艦や武器の調達に莫大な借金を背負わされ、彼らの僕に成り下がってしまったのです。
 その借金返済の行動が金略奪となったのです。
 
 そして彼らの僕となった者たちは生き残ることが許されて、それに反発した者たちは命を絶たれてしまいました。
 それが日本の幕末から今に及ぶ、歴史のタブーであったのでした。



 ・・・・・でも、本来の日本、本来の日本人の心はそうではないと思えるのです。

「我が命燃えて
 人の命も 尊さも
 勇気も知恵も たけた男子が
 グッと見据えた その向こう
 国破れるも 起死回生
 未来に継なぐ いしずえに
 捨てて悔いなし この命
 燃えて散らした 亡き戦友の
 大和桜 いさぎよさ
 すべてを賭けた 青春は
 国の誉れの 特攻隊」

・・・・・

 敷島の
 
 大和心を

 人問わば

 朝日に匂ふ

 山桜花

 「本居宣長」

 Image5381_2

 (三重県 亀山城跡の桜)

 Image5421

 (丹波篠山城跡の桜)

 このような事実を知る当日に見た桜は、もの悲しさを醸していました。
 
 
 つづく

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