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龍馬伝から思うこと 4

(ココログのパスワードを忘れてしまって更新する事ができなかったのですが、復活することができました。以下の日記は7月初めに書いたものです。)

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」も第3部に突入する時期になったようです。普段テレビはあまり観ることはないのですが、この「龍馬伝」だけは毎週楽しみにしている唯一のテレビ番組であります。

 久しぶりにこのタイトルで日記を書きたくなりました。
 というのは本当に終末期が訪れそうな雰囲気が漂い始めたからであります。


 以前の日記でアルバート・パイクという人物の残した手紙を紹介させていただきましたが、それを再度掲載します。

 『 世界を統一するためには今後三回の世界大戦が必要であろう。1回目はロシアを倒すために、2回目はドイツを倒すために、3回目はシオニストとイスラム教徒がお互いに滅し合い、いずれ世界の国々もこの戦争に巻き込まれていく。それが最終戦争に結びつくであろう。

 第一次世界大戦では、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の支配化に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための「お化け役」として利用されるであろう。

 第二次世界大戦は、「ドイツの国家主義者」と「政治的シオニスト」の間の圧倒的な意見の相違を操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの支配領域の拡大と、パレスチナにイスラエル国家の建設がなされることになる」

 第三次世界大戦はイルミナティのエージェントが作り出す政治的シオニストと、イスラム指導者たちの対立を利用して引き起こされなければならない。戦争は、イスラムと政治的シオニズム(=イスラエル国家)が互いに破壊し合うように仕向けなければならない。その間、他の国々は再びこの問題で分裂し、物理的、道徳的、精神的、経済的に完全に疲弊するまで戦わざる得なくなる。このようにして各国は、ようやく公にされた悪魔礼拝者の教義を受け入れざるを得なくなる 』
 (ジューゼッベ・マッツイニーへ宛てた1871年8月15日付けのアルバート・パイクの手紙)

 先月、京都大学でシュロモー・サンドという人物が講演を行ったことを聞きました。
 今、この人物が著した「ユダヤ人の起源」という書籍が世界で注目されており、15ヵ国で翻訳され、欧米では衝撃のベストセラーになっております。

 その書籍の表紙には「聖書時代から現代まで、世界の常識を根底から覆す歴史的大作」と書かれております。


 シュロモー・サンドはイスラエルのテルアビブ大学歴史学教授で、アシュケナジー・ユダヤ人。彼はイスラエルにおいて政治、経済などを動かしているユダヤ人と称する人々は、本当のユダヤ人ではなく、カザール人でユダヤ教に改宗した人々であることをユダヤ人の側でありながら、その事実を明確に書籍をもって証明されてしまったのです。

 さらに彼は、本当のユダヤ人とはイスラエルによって虐殺され、追放され、苦しめられているパレスチナ人そのものであることをも証明されてしまったのです。

 かつてPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長が「私たちのPLOの中に、多くの本当のユダヤ人がいる」と述べたことがありましたが、それを本来のユダヤ人ではないアシュケナジー・ユダヤ人であるイスラエルの大学教授がそのことを詳細な資料で事実を明らかにしたのであります。

 この本は現在15ヵ国で翻訳されているようですが、それを多くのアラブ人の人たちが見たならばどのような影響をアラブの人々に与えしまうのか。それが今後注目されることになってくると思われるのです。

 ちなみにシュロモー氏はユダヤ人のAD70年におけるローマによるユダヤ人の国外追放を否定するのかという質問に対して次のように答えました。

 「ユダヤ人はユダヤ人追放を誰もが事実として信じている。しかし、それを記した歴史書は一冊もない。ユダヤ考古学の研究者に質問したことがある。すると彼は「追放ではなく、破壊に伴う移民である」と言ったことがある。しかし、大量の移民が出たことを示す事実はない。本の中で「追放の発明」と書いたのはそのような意味である」

 そしてさらに「パレスチナ人こそがユダヤの地にいた人々の始祖、すなわち本当のユダヤ人である」と書かれていることを指摘されて、次のようにも述べられました。

 「シオニズム(19世紀以来のユダヤ人国家建設運動)の歴史家たちは、7世紀のイスラム征服でユダヤ人は追放されたと唱えている。しかし、アラブ人がエルサレムのユダヤの民を追放した証拠はまったくない。農民は簡単には土地から離れない。アラブ人がエルサレムを占領し、彼らの宗教を受け入れれば、税を免除したのである。そのことを多くの農民たちが受け入れたのである。追放がなかったとすれば、ヨルダン川西岸にいるハマスの活動家たちのほうが、私たちよりも古代のユダヤの民の子孫である可能性はずっと高い」
 
 また、このようなことはイスラエルのユダヤ人には受け入れられない意見であることに「パレスチナにいるアラブ人は、かつてのユダヤの子孫ではないかと考えたのは私が初めてではなく、初期のシオニズム運動の指導者たちも同じように考えていた」と述べられ、「特に1948年のイスラエル独立で、初代首相となったベングリオンは、若い頃からパレスチナのアラブ人は、ユダヤ人の血を継ぐ者たちだから、共に国を作ることができると自らの本に書いていた。ところが彼は独立宣言では、イスラエルは追放されたユダヤの国であることを否定したアラブ人と共に国を作るという考えを排除した」と補足しました。

 このように彼は今までユダヤ人が決して公にしなかった事実を次々に暴露していったのです。
 
 これはまさに驚くべき出来事、そして最も驚くべき出来事はアラビア語に翻訳されているという事実であります。
 イスラエルと戦うアラブ諸国のイスラム教徒が、この本に触れたときいったいどんな反応を見せるのでありましょうか。なかでもイスラエルによって痛めつけられ、殺され、追放されてきたパレスチナ人が、実は本当のユダヤ人の子孫であったと知ったとき、彼らはどのような反応を示し、どのような行動に移すのでしょうか。
 あと数ヶ月の後に、アラビア語の翻訳本の登場が予定されているのであります。

 
 このような今まで考えられない出来事が起きはじめ、そしてアルバート・パイクの手紙に書かれた内容。それは何を物語るのでしょうか。
 この手紙が書かれたのは1871年、日本で言えば明治4年の頃であります。こんな時から彼らの計画は密かに進められていることも分かるのです。

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」。
 小生は土佐特有の上士と下士の差別を見ていると、イスラエルにおける今日のユダヤ人とアラブ人の待遇と全く同じような感覚になってしまいます。
 そして単なるドラマではあるのですが、幕末期という時代背景の真っ只中で虐げられながらも「藩」ではなく「日本」という思想を持った龍馬の生き方に強い憧れを感じるのです。
 
 それこそ「大和心」といいますか、ドラマを通して本来の日本人として決して失ってはならないものを示してくれているのではないでしょうか。

 思えば最近、大東亜戦争の真実はアジア諸国からの金塊の強奪であったという衝撃の事実が判明しました。
 しかし、それは日本がかつての日清・日露戦争において多大な借金を背負わされ、そのために彼らからの要望を受け入れざるを得なかったからです。
 そのときの「大和心」は特攻によって示されたのではないでしょうか。多くの人々は彼らの運命を悲劇的に捉えますが、その捉え方は間違っているのではないでしょうか。
 彼らも幕末の時代に、大いなるロマン、そして大和心を礎にして自らの命を昇華させた志士たちと同じあったと考えるのです。
 ですから特攻隊の部隊名が本居宣長の歌から命名されたのでしょう。
 
 ・・・「 此の程に思ひ定めし出立はけふきくこそ嬉しかりける 」

 上の句は吉田松陰が江戸で斬首刑を受ける直前に書かれたものでありました。

  また彼は「 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂 」という句も残されています。そして留魂録で彼は語りました。

 「今日死を決するの安心は四時の循環に於いて得る所であり、蓋し彼の禾稼を見るに、春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功の成るを悦び、酒を造り醴を為り、村野歓声あり。未だ曽て西成に臨んで歳功の終わるを哀しむものを聞かず。吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然れども義卿の身を以て云へば、是れ亦秀実の時なり、何ぞ必ずしも哀しまん。何となれば人寿は定りなり、禾稼必ず四時を経る如き非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。五十、百は自ら五十、百の四時あり。十歳を以て短しとするはけい蛄をして霊椿たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をしてけい蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せずとす。義卿三十、四時巳に備わる、亦秀で亦実る。其の秕たるとその粟たると吾が知る所に非ず。若し同志の士其の微衷を憐み継紹の人あらば、乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年に恥ぢざるなり。同志其れ是れを考思せよ。」
(吉田松陰遺書 1859年)

 このようにどのような年齢で死を迎えようと人は、自らの四季を巡ってきたと述べられたのです。
 そして彼らは日本を想い、日本を愛して、その人生に大いなるロマンを感じ、ビジョンを持って生きたのでしょう。
 まさしくそれが本来の日本人の姿であったと思われます。




 先日、サッカーワールドカップで日本は大いに湧いていました。
 ・・・しかし、サッカー選手の立場であればその気持ちはよく分かりますが、サポーターと呼ばれる人たちも一緒になって一喜一憂されている光景を見ると、もの悲しさを感じます。便利快適、上っ面の平和、そして食糧が自国のみで賄えなくとも、何とも感じない現代人、小生もその一人ではありますが、それが現代人の姿なのです。
 右翼とか左翼とか、そんな狭義のことではなくて、本来の日本人とは・・・。
 そんなことを考えると幕末の時代や、戦時中に生きた方々のほうがどんなに幸せであったろうかと小生は思ってしまうのです。

 「龍馬伝」はそのような日本人の本来の心を伝えているようです。



 いよいよ、彼らは第三次世界大戦という最終戦争の準備に入ってきたようです。シュロモー氏の書籍はその一つでありますが、イランへの制裁の強化、そして5月に起きたイスラエルによるトルコ人の殺害などなど。

 残念なことに日本人には聖書的な発想がありません。また、彼らの存在をトンデモ話と笑い飛ばす人が大半であります。

 しかし、アルバート・パイクという人物が残した手紙。

 この事実がある限り、近い将来最終戦争に突入するときが必ず来ることを前提にしたほうがいいのではないでしょうか。
 もし、幕末や特攻の人たちが今の時代に現れたならば、そのように捉えるのではないでしょうか。
 
 憧れるといいますか、小生も大それたことなど出来なくても、百姓の立場からそのときにお役に立てるような自分になりたいと思っております。
 そんな小さいロマンではありますが、そんなことに憧れるのです。

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